Sec. 01: Conference Presentation - 02

 警備に関するブリーフィングは、滞りなく行われた。発表会の会場となるホールでは、数名の執行者が常に壁際に立ち、有事に備えることになった。


 食事に関してもレストラン、懇親会を兼ねた立食パーティーのどちらもで、執行者が見張りをするという。


 すごい力の入れようだ、とレイは思った。多くの研究者が乗っている——そしてそこには、おそらく貴族も含まれている——からだろうか。


「お目にかかれて光栄です。あなたの魔法を間近で見ることが夢でした」


「どうも。もし魔法をお目にかける機会があれば、喜んで」


 開会式が終わり、発表が始まる少し前に、レイはホールに着いていた。クロフォードも一緒だった。クロフォードは藍鍾尤の言った通り人気者で、一歩行くごとに魔術師に声をかけられていた。そのたびに彼は律儀に返答し、弟子としてレイを紹介するのである。


「貴方が書かれたルーン魔術史を拝読しました。続刊のご予定は?」


「嬉しいお言葉ですが、別の仕事で手一杯でしてね」


 術識学会の学術発表会ではあるが、学会の所属ではない魔術師も大勢乗船しているらしい。国際魔術連盟に加盟している、学会傘下の魔術結社に属する魔術師が大半で、残りは加盟こそしていないが実質的には学会に与しているとか、そういったところの出身者のようだった。声をかけられた五人のうち二人だけを数えても、彼らは学会外の所属だった。


「イーディス・フェアクロフです。錬金術師として、魔術結社『黄金の小路』に所属しています。本日は発表の場を調えていただき、ありがとうございます、ミズ・ハウエルズ。今日はイントロダクションとして、レビュー論文を持ってきました」


 一人目の発表が始まると、レイは警備のために壁際に移ったクロフォードから離れて、参加者に混じって説明を聞き始めた。黒のパンツスーツに身を包んだ若い女性の発表で、『各改竄言語を用いたロゴスへのアプローチ方法』がテーマだった。


 魔術師はみな、世界を構成する巨大な式である『ロゴス』への到達を夢見る。ロゴスに辿り着けば文字通り世界を改変することができ、唯一神となりうるからだ。アカシックレコードとも呼ばれる巨大な構成式こそがロゴスであり、魔術はロゴスの先端に触れる行為であるが故に、ロゴスの中枢へ辿り着く可能性を秘めている。


 一つの魔術を極め、解体し、全てを白日の元に晒せば、原初に至ることができる——と言われている。だが、ロゴスに至った魔術師は存在しない。故に未知。故に神秘。だからこそ、辿り着くためのアプローチは多くの議論を生んでいる。


「まず結論として、現在、ロゴスへの遡行手段としての錬金術の注目度が上がっています。これはなぜでしょうか。それは、錬金術こそが最も原初に近い改竄言語であるためです」


 フェアクロフは錬金術の本質を魔術そのものであると語った。そもそも魔術は構成式を改竄する行為で、物質を別の物質に変換するという結果を見れば、錬金術と同じである。それが錬金術師の提唱する理論の代表で、フェアクロフもその例には漏れない様子だった。


 錬金術は、構成式を改竄する際に使われる『改竄言語』の一種である。構成式は単一の言語で書かれているわけではなく、しかしその文字は『構成言語』と呼ばれているだけで、体系立てることもできていない。全てのフレーズは規則性がなく、同じものを指すために異なる文字が使われていることさえある。


 魔術師は構成式の一部を抜き出して人類の言語に——多くはアルファベットに——解読・変換し、それを構成式へ当てはめ、論文に記された魔術の再現を行なっている。


 改竄言語……魔術師の手でまとめられた各魔術体系は、要するに言語における語族のようなものだ。学派の名称にあるような、錬金術や天文学といった一つの大きな祖語から、無数の語族が分かれている。


 レイに言わせれば、魔術体系の違いは言語の違いでしかない。同じものを指し示している以上、それが魔術そのものであるかどうかは論じられないだろう。


 魔術は科学的に分析できるところもあるが、その大多数は形而上学的・哲学的なものだ。魔術が錬金術そのものであることが真でも、錬金術が魔術そのものであるかは真とは言えない。


 ただしこれは、魔術師として未熟なレイから見た魔術論である。フェアクロフはしっかりした錬金術師であり、歳もレイより上だ。実践的な観点から、レイには見えないものが見えているのかもしれない。あるいは、クロフォードなら彼女の言葉がわかるのかも。


「以上から、錬金術が最も到達可能性の高い改竄言語である可能性は、以前より十六パーセント高まったと言えます。現存する魔術体系のなかでは、最も高い可能性を持ちます」


 スライドが切り替わり、終了を告げる。


 フェアクロフの論旨は以下の通りだった——魔術は改竄による流転であり、流転とは、すなわち錬金術の根幹である。よって全ての魔術の基礎は錬金術で、錬金術こそロゴスの中枢に近い魔術体系である。つまり、錬金術の根幹である流転を解明すれば、原初に到達できる可能性が高い。


 学術院ヴェリタスでは魔術の理論を学ぶだけで、ロゴスへの到達が云々、といった話がされることはない。あくまで子どもに魔術を教え、力を使いこなせるようになってもらうのが目的だからだろうか。


 卒業二年前になると研究室への配属が行われるほか、修士、博士へ進学する選択肢も取れるようになるが、それらはあくまでスペシャリストの養成を目指してのことだ。ロゴスへ到達させることが目的ではない——少なくとも表向きは。


 だからレイにとっては、ロゴスに関する話を聞くことさえ刺激的だった。春、あの連続吸血鬼殺人事件が起こってから、魔術師が殺人を犯してまで到達を夢見てしまうロゴスを、少なからず恐ろしく思っていたからだ。これほど研究が活発で、あれほどに過激な手段を取っても、史上誰一人としてロゴスに接続した者がいない、ということをも。


 飛び交う議論の論点が専門的すぎて、質疑応答で出てきた話は、レイには何一つわからなかった。まだ勉強が足りないらしい。こういうとき、魔術の情報がインターネットにも上がっていたら、と思う。魔導書にまとめておくだけでなく、検索もさせてほしい。


 息つく暇もなく、登壇者が入れ替わる。


 次の発表テーマは、幻想域に長く滞在するための儀装についてだった。


 幻想域には現実領域の大気と異なり、エーテルというものが満ちている。この旧元素エーテルは現代の人類には適合せず、長期間呼吸などで体内に取り込めば幻覚・幻聴に始まる幻想域症候群を発症し、最悪の場合死に至る。そのため学術院や研究棟は幻想域の内部に存在しているものの、そこに住んでいる魔術師はいない。


 しかし、幻想域に居住したい魔術師は少なからず存在する。大抵の魔術師は自宅に帰る時間すら惜しいだの泊まり込みで監視しなければならない培養床があるだの、そういった理由で幻想域に居住できる環境を模索しているのだ。もっとも、幻想域への滞在は最長で一週間ほどが許容されている——一週間ずっと目視で確認し続けなければならない実験などというのは、ほとんど存在しないのだが。


 数人が発表を終えたところで、コーヒーブレイクが挟まれた。一時間の休憩のあいだ、レイはコーヒーを受け取って今までの発表を思い返していた。錬金術、占星術、死霊魔術、ウィッチクラフト……さまざまな魔術体系に関する新しい情報が雪崩のようにレイを襲い、思考の海から上がらせてくれなかった。手帳に断片的なまとめを書き殴っているだけで、一時間はすぐに過ぎた。

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