第3話「犯人は言った。『ステージに上がりてぇらしいな』と。――上等だ、上がってやる。」


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### **『プレビュー・キラー』 第三話:予期せぬ共犯者**


**1.**


鈴木家のリビングは、地獄の入り口だった。

床にはガラスの破片が散らばり、月明かりがそれを鈍く反射している。奥さんは腰を抜かして娘さんを庇うように蹲り、ご主人の鈴木さんは、覆面を被った黒ずくめの男に胸ぐらを掴まれ、壁に押さえつけられていた。男の右手には、家庭用の文化包丁が握られている。


「やめろぉぉぉっ!!」

俺は雄叫びを上げ、玄関からリビングへと飛び込みながら、ゴルフクラブを横薙ぎに振るった。野球部だった高校時代の記憶が、無意識に体を動かしていた。

「ぐっ!?」

不意を突かれた男の脇腹に、鈍い衝撃。男は鈴木さんを突き飛ばし、よろめきながら俺の方を向いた。覆面の隙間から覗く目が、驚きと、それから純粋な殺意に変わるのがわかった。


「……なんだ、テメェ」

男の声は、やけに若かった。

「観客のつもりだったが……ステージに上がりてぇらしいなァ?」

その言葉に、俺は背筋が凍る思いがした。観客? ステージ? やはり、こいつがあの動画を……!

男は包丁を構え直し、じりじりと距離を詰めてくる。まずい、ゴルフクラブの間合いは長いが、一度懐に入られたら終わりだ。


「祐樹くん!」

背後から、鈴木さんの声が飛んだ。彼が指さす先には、リビングの隅に置かれた観葉植物の、重そうな陶器の鉢があった。

俺は男の注意を引きつけながら、ゆっくりと後ずさる。耳元のイヤホンから、美咲の必死の声が聞こえてくる。

『お兄ちゃん、警察まであと2分! 無理しないで!』


男が、獣のような叫び声を上げて突進してくる。俺はとっさに身を翻し、男は勢い余ってリビングのテーブルに体当たりした。その一瞬の隙。

「今だ!」

鈴木さんの声と同時に、俺は観葉植物の鉢を両手で掴み、渾身の力で男の頭部めがけて振り下ろした。


**2.**


ガシャァン! というけたたましい音と共に、陶器の鉢が砕け散り、土と植物が散乱した。

男はうめき声を上げてその場に崩れ落ちる。覆面がずり上がり、その素顔が露わになった。まだ20代前半だろうか。平凡な、どこにでもいそうな若者の顔。その目に浮かぶのは、狂気と、計画を邪魔されたことへの焦り。


「この……クソがァッ!」

男はそれでも立ち上がろうとする。その時だった。

「えいっ!」

小さな叫び声と共に、鈴木さんの奥さんが、キッチンの棚から掴んだらしいフライパンを、男の背中に叩きつけた。金属の鈍い音が響く。それは決定打にはならなかったが、男の動きを確実に鈍らせた。


「窓よ、窓!」

奥さんが叫ぶ。見れば、男が突き破った窓はすぐそこだ。

俺はゴルフクラブを拾い上げ、再び男に殴りかかろうとする。男は、俺と、フライパンを構える奥さん、そして木刀でも持ってきそうな勢いで何かを探している鈴木さんを交互に見比べ、忌々しそうに舌打ちした。

「……覚えてろよ」

男はそれだけを吐き捨てると、驚くべき速さで身を翻し、割れた窓から暗闇の中へと姿を消した。


直後、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。

俺は、その場にへなへなと座り込んだ。ゴルフクラブを握りしめた手は、震えが止まらなかった。

『お兄ちゃん! 大丈夫!?』

「……ああ。犯人は、逃げた」

イヤホン越しの美咲の声に、俺はかろうじて答えた。

リビングはめちゃくちゃだったが、鈴木さん一家は全員無事だった。もし、俺一人だったら、殺されていたかもしれない。もし、鈴木さん一家の協力がなかったら、確実に殺されていた。


「祐樹くん……」

鈴木さんが、震える声で俺に駆け寄ってきた。「ありがとう、本当に……君がいなければ、俺たちは……」

「いえ……俺のせいで、皆さんが……」

罪悪感で言葉に詰まる俺に、鈴木さんは力なく首を振った。


**3.**


駆けつけた警察官への事情聴取は、困難を極めた。

俺が「動画サイトで犯行予告を見た」と説明しても、誰も本気で取り合ってはくれない。鈴木さん一家も、俺が駆けつけてくれた経緯を説明できず、ただ「物音に気づいて様子を見に来てくれた」と証言するのが精一杯だった。


結局、事件は「通りすがりの強盗による犯行」として処理されそうになっていた。だが、俺には確信があった。あれはただの強盗じゃない。

「顔は、見たんです」

俺は、担当の村田刑事に食い下がった。「犯人の顔は、はっきりと見ました。いつでも、面通しできます」

村田は、面倒くさそうにメモを取りながらも、俺のその言葉だけには少しだけ興味を示したようだった。


深夜、ようやく自宅に戻ると、リビングでは憔悴しきった両親と美咲が待っていた。

俺の腕の切り傷を見た母は泣き崩れ、父は何も言わずに、ただ俺の肩を一度だけ強く叩いた。

美咲は、俺が無事だったことに安堵しながらも、鋭い目で尋ねてきた。

「お兄ちゃん、犯人、何か言ってなかった?」

「……ああ。『観客』がどうとか、『ステージ』がどうとか」


その言葉に、美咲の顔色が変わった。

彼女はノートPCを操作し、ある画面を俺に見せた。それは、動画サイト『TubeNext』の、『予言者』のチャンネルページだった。

『Case.02:ある一家の悲劇』の動画は、すでに削除されている。

代わりに、チャンネルの概要欄に、たった一文だけ、新たなテキストが追加されていた。


**『――予期せぬキャストの乱入により、本日の公演は中止となりました。次回作にご期待ください』**


俺たちは、言葉を失った。

犯人は、俺たちの行動をリアルタイムで見ていた? そして、俺のことを「キャスト」と認識した?

これは、一方的な犯行予告じゃない。

俺たちは、あの殺人鬼が作り出す、悪趣味なリアリティショーの登場人物に、いつの間にかされてしまっていたのだ。

そして、犯人の顔を見てしまった俺は、間違いなく、次の「主演」候補にされてしまったに違いない。


(第三話 了)

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