第4話「……こいつ、またやるよな」
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### **『プレビュー・キラー』 第四話:午前五時の観客**
**1.**
夜が、終わらなかった。
鈴木さん宅のリビングは、煌々と明かりが灯され、非日常的な光景を晒していた。割れた窓ガラスにはブルーシートが張られ、床には鑑識のアルミ粉が銀色に光っている。俺と鈴木さん一家は、キッチンで並んで毛布にくるまりながら、何度も同じ質問に答えていた。
時刻は、明け方の午前五時を回っていた。
空が白み始め、夜勤明けの新聞配達のバイクの音が遠くに聞こえる。世間がゆっくりと朝を迎えようとしているのに、俺たちの周りだけが、昨夜の悪夢の中に閉じ込められているようだった。
「――それで、高槻さん。もう一度聞きますが」
担当の村田刑事は、徹夜の疲労を隠しもせず、俺に尋ねた。「あなたは、物音を聞いて駆けつけたと。どうしてそんなに都合よく、ゴルフクラブを手にしていたんですかな?」
俺は、もう何度目になるかわからない嘘を繰り返した。
「……最近、この辺りで不審者の噂があったので、念のため、玄関に置いていたんです」
「ほう、念のため」
村田は全く信じていない目で俺を見た。だが、それ以上追及する術もないようだった。鈴木さん一家も「祐樹くんが駆けつけてくれた経緯は、気が動転していてよく覚えていない」と口を揃えてくれている。彼らは、俺が何かを隠していると薄々気づきながらも、命の恩人である俺を庇ってくれていた。
リビングの惨状は、俺と犯人の激闘の跡を生々しく物語っていた。砕けた鉢、へこんだフライパン、そして俺が殴られた際に飛ばされたテーブルの脚。警察は、現場に残されたわずかな血液や指紋から、犯人の特定を急ぐと言っていた。だが、俺にはわかっていた。あの男は、そう簡単には捕まらない。
ようやく聴取が終わり、自宅に戻ることを許された。鈴木さんに「何かあったら、いつでも呼んでください」と声をかけると、彼は憔悴しきった顔で、だが力強く頷いてくれた。昨夜の恐怖の体験は、俺たち二つの家族の間に、奇妙で強固な連帯感を生み出していた。
**2.**
自宅の玄関を開けると、そこには一睡もしていないであろう両親と美咲が立っていた。
「祐樹……!」
母が駆け寄り、俺の腕の傷に巻かれた包帯を見て、また涙ぐんだ。
「お父さん、母さん、もう大丈夫だから。少し休んで」
俺は二人を寝室に促し、美咲と二人でリビングに向かった。
「お兄ちゃん、これ見て」
美咲は、ノートPCの画面を俺に向けた。そこには、『予言者』のチャンネルページが開かれている。
『――予期せぬキャストの乱入により、本日の公演は中止となりました。次回作にご期待ください』
あの、人を食ったような一文。その下に、新しいコメントがいくつか書き込まれていた。
『キャストって誰だよw』
『公演中止とかウケる。演出乙』
『File.03見れなかったんだが。誰か保存してない?』
コメント数はまだ少ない。だが、確実に「観客」は存在し、増えつつあった。彼らにとって、昨夜の出来事は、ただの「中止になったエンターテイ-エンターテイメント」でしかないのだ。この温度差に、俺は激しい吐き気を覚えた。
「警察には、犯人の顔、伝えたんだろ?」
「ああ。モンタージュ写真も作るって言ってた。でも……」
俺は言葉を濁した。警察が本気で「ネットの愉快犯」と「通りすがりの強盗」を結びつけて捜査するとは思えなかった。
「……こいつ、またやるよな」
俺は、PCの画面を睨みつけながら言った。「俺たちのことを『キャスト』って呼んだんだ。次は、もっと周到な計画で、俺たちを狙ってくる」
「うん……」
美咲も、こわばった表情で頷いた。「犯人は、自分の『作品』を邪魔されたことに、相当怒ってるはず。しかも、顔まで見られた。お兄ちゃんを、絶対に許さないと思う」
そうだ。
俺は、あの殺人鬼のプライドを傷つけ、計画を台無しにしたのだ。その代償は、必ず払わされることになる。
だが、後悔はしていなかった。
**3.**
窓の外が、完全に明るくなっていた。
テレビをつけると、どのチャンネルも朝の情報番組を放送している。芸能人のゴシップ、最新のスイーツ特集、星占い。昨夜、すぐ隣で起きた惨劇など、まるで存在しなかったかのような、平和で、呑気な朝。
「……寝ようぜ。少しでも」
俺がそう言って立ち上がろうとした時だった。
「お兄ちゃん、待って」
美咲が、何かを見つけたように画面を指さした。『予言者』のチャンネルページの、登録者数。昨夜は確か、100人にも満たなかったはずだ。
それが今、**『チャンネル登録者数:1,482人』**に増えていた。
何が起きた?
昨夜の事件が、もうネットニュースにでもなったのか? いや、まだそんな情報はどこにも出ていない。
美咲は、震える手でSNSを検索し始めた。そして、ある投稿を見つけて、息を飲んだ。
それは、匿名の掲-匿名の掲示板に投稿された、一本の動画へのリンクだった。
昨夜の、鈴木家のリビングで起きた、俺と犯人の激闘の映像。
アングルは、鈴木家の庭の植え込みから、割れた窓を通して室内を撮影したものだ。
犯人には、仲間がいたのだ。外で見張りをし、一部始終を撮影していた協力者が。
そして、その動画には、こんなタイトルがつけられていた。
**『衝撃!リアル襲撃ムービー!謎の男が乱入しガチバトル!【予言者・番外編】』**
俺は、自分の顔が、はっきりと映ったサムネイル画像を、ただ呆然と見つめることしかできなかった。
俺は、もはや単なる「キャスト」ですらなかった。
俺は、この殺人鬼が作り出す狂ったエンターテイ-エンターテイメントの、新しい**「コンテンツ」**にされてしまったのだ。
そして、日本中の何千、何万という「観客」が、今この瞬間も、俺の顔と名前を特定しようと、キーボードを叩いているに違いない。
夜は明けたはずだった。
だが、本当の悪夢は、今まさに始まろうとしていた。
(第四話 了)
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