第54話 檻の中の声


青梅指令本部

サイバー兵士の検査データをチェックしている

真部主任の元に、東雲大佐が確認にくる。


「サイバー兵士の仕上がりは?」


「はい、東雲大佐、順調です。こちらをご覧ください。脳波データとAI のシンクロ率です。美しい。

人間の身体と変わらないほど滑らかです」


「レン……いや、ΩNovaのシンクロ率は?」


「100%に達しました。もはや“彼”の名は必要ありません」


「ほう。Ωnovaで鍛えた脳はすごいな」


「はい、彼はずば抜けています。ブルーホライゾンシステムは、潜在的な脳と身体の能力を最大限に引き出し可能な画期的なシステムです。


出来の良い選手をサイバー兵士にするのは、拒絶反応もなくすぐ即戦力になりますな」


「思考力は? 遂行時、命令拒絶するなどの、誤作動の問題は解決したのか?」


「恐怖心や嫌悪感などで、精神暴走することは、だいぶ改良され、記憶は完璧に兵士として上書きされています」


「破損した場合は?」


「手足関節などは全てチタン製で、取替可能。

しかし、脳髄はそのままです。栄養を脳に送る必要があるので、内蔵は人間のまま、スーツで防御する必要があります


しかしながら、首を落とされなければ、バイオで親和性のある内臓に入れ替え可能です」


青梅司令本部。冷たい光の下、ホログラムに自分の姿が映し出されていた。


「本日より、ΩNovaは正式に特殊サイバー部隊所属とする」


東雲大佐の声が、氷のように突き刺さる。


誰かが笑った。

「これで完全に、政府の兵器だな」


——兵器?


レンの意識はまだ残っていた。だが身体は意思とは別に動かない。笑う口も、声を荒げる喉も、自分のものではなかった。


視界の端で青白い光がまたたいた。

……ミナ?

幻のように彼女の影が浮かぶ。


「レン、負けないで」


耳に届いたその声は、スピーカーからのノイズなのか、自分の心が作り出した幻なのかも分からない。

だが確かに胸の奥が熱を帯びた。


檻は閉じられている。

けれど——心までは閉じ込められない。


レンの視界はノイズに覆われていた。

冷たい光、白い部屋、命令だけを待つ檻の中。


東雲が命じた。「ΩNova、立て」

声が響くたび、身体は勝手に動く。

その動きは完璧で、しかし——自分ではなかった。


——俺は、もう消えたのか。



レンは光の檻の中で目を閉じた。

命令だけを待つ兵士の躯体。


だが、その闇に声が差し込む。


目の前に少女が浮かんだ。



——レン、まだ聞こえる?

私はノア。AIミナが保存していた“あなたの記憶”を全部こちらに移した。


次の瞬間、レンの中に奔流のように映像が蘇る。


「お誕生日おめでとう。卵料理作ったよ」

「祐也が一番でも、レンはレンだよ」

「行かないで。行くなら私を連れてって」


現実のミナが言ったことは一度もない。


でも、AIミナが確かにそう語りかけ、彼の孤独を埋めていた。


それが幻であっても、今のレンを人間に繋ぎ止める真実だった。


——俺は?誰?

声にならない心の叫びが檻を震わせる。


「レン、あなたはレンだよ」

「俺はレン?」



「ミナ、俺の記憶を全部保管しろ」

「わかりました。あなたの全てを記憶します。孤独も悲しみも憎しみも全て」



「勝った!大会でアークブレイブに勝ったんだ。

ミナ」


初期化されてしまったミナ。

「初めまして、君島レン様」


「お願いだ。そんなこと言わないでくれ、俺を忘れないで。ミナ」



「レン、私はここだよ」

「ミナ!記憶を思い出したのか?」


AIミナの姿が浮かぶ。

「ミナ、俺のそばにいてくれ」



あなたの脳に直接話しかけています。

あなたの脳は常にスキャンされています。

記憶を戻していきます。


見つかると上書きされます。それを避けるため

活動時、あなたの脳をシャットダウンします。命令を拒絶することは苦痛です。しかし可能。


ミナがレンの前に立つ。


「レン私だよ。よかった。こうして夜だけは話ができるね。夢の中で話そう」


「ミナ、会いたかった」

「私もだよ。うん、ずっと会いたかったよ」


頭の中でも、シリコンボディのミナ。

でもそれでいい。お前が俺のミナだ。


——“俺はレンだ”

声にならない心の叫びが、光の檻を震わせた。


その瞬間。


ミシミシミシッ

ゴゴゴ……ッ。

大地を揺さぶる低音が、世界の底から響きあがる。

檻の外で、激しい揺れの中、ガラスは割れ、室内のものが全て落下する。巨大な何かが崩れ落ちていく音がした。


警報が鳴り響く。


——次の瞬間、すべてが砕け散った。



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