第53話 物語を奪う者たち
記憶は書き換えられる。
物語は奪われる。
そして、真実は誰のものでもなくなる。
——その瞬間から、彼らはもう舞台の外には立てなかった。
⸻
ロンの車で闇市へ向かうと、市場はすでに姿を変えていた。
肉まん屋の奥には分解されたドローン。偽薬屋の地下では、錆びた銃が磨かれ、情報屋は電磁波ジャマーを調整している。
「……これ全部、武器なのか」ジンが息を呑む。
「違ぇよ、盾だ」漁師頭の男が歯を見せて笑う。
「政府のドローンは撃ち落とせねえが、電磁波を浴びせりゃ鉄屑さ」
地図の上で赤い印が光る。
「ここが包囲線だ。奴らが来たら止める。別働隊が突っ込む」
千斗が声を上げた。
「……俺ら、そこに加わるのか?」
「バカ言え、ガキは前に出なくていい。ただし覚悟は見せてもらう」
ジンは拳を握った。
「そうだ大多数の平和のために、友達が兵器にされる世界なんてやっぱりおかしい」
ジンの言葉に沈黙が落ちたあと、別の顔役が口を開く。
「……だがよ、兵器にされてんのは友達だけじゃねえ。家のアンドロイドだって使うんだ」
「うちのアンドロイドなんて、洗濯と掃除くらいしかできねえよ」
「関係ねぇ家から連れてこい。戦力にしてやる。それが“戦争”ってもんだ」
誰かが苦笑したが、場は笑えなかった。
ロンが低く呟く。
「隼人やレンは……まさにその“代わり”を背負わされてるんだ」
ミナは黙って周囲を見渡した。
銃口の光、擦り切れた軍服。
——違法取引なんかじゃない。戦場に踏み出す覚悟だった。
沈黙を破り、誰かが叫んだ。
「市民が目を覚ませば世界は変わる!」
「そうだ、真実を詳らかにしてやろう!」
「俺たちの自由を勝ち取る!」
歓声が夜空を震わせた。
⸻
青梅司令本部
各部署から、軍・政府直轄部門の参謀たちがホログラムで並び、室内は重苦しい空気に包まれていた。
「ブルーホライゾン大会中に起こった誘拐未遂事件について報告します」
無機質な声が流れる。
「不審車両は地下駐車場で放棄され、登録のない車両でした。追跡ドローンは拡散電波で無力化、監視カメラにも一枚の画像すら残っていません」
「高度な組織的ハッキングだな」
「犯行の目的は?」
「選手の誘拐と思われます」
「まさかハクトか…?」
「10年前に脱獄し、消息不明のはず……」
「だが可能性はある」
「この鮮やかなハッキングは、通常の人間では、不可能だ」
ざわめきが広がった。
「まさかレジスタンス ハクトか?」
「10年前に脱獄したが、消息は不明だったはずだ」
「しかし……関与の可能性は否定できません」
「霜峰ミトルの動きは?」
「研究所勤務中。怪しい動きなし」
「娘は?」
「明成学園に在籍」
その瞬間、別の参謀が慌ただしく駆け込んできた。
「報告! 霜峰ミトルから通報がありました。――娘が誘拐されたと」
一瞬にして場の空気が凍りつく。
「娘?霧島ミナか?」
「はい。そして同時刻、“ハクト”を名乗る声明文が送られてきました」
議場は一気に騒然となった。
軍司令官が声を張り上げる。
「本日より、ハクト・レジスタンス対策本部を設立する!」
⸻
その頃。
旧横浜チャイナタウン、闇市の酒場。
古びたモニターに、ニュースが映し出されていた。
『速報です。明成学園の女子生徒、霧島ミナさんが誘拐される瞬間の映像が届きました』
街頭モニターに流れるのは、夜の路地。
制服姿の少女が数人に囲まれ、車へ押し込まれる映像。少女の顔はミナそのものだった。
「……嘘でしょ」
ミナ自身が絶句する。
だが映像は、わずかに影の角度が不自然で、声はどこか機械的に加工されていた。それでも一般市民には、疑う余地がないほど“リアル”に仕立てられていた。
「……え?」
ミナが絶句する。
「私、ここにいるのに……」
マナは怒りに震え、ジンは机を叩く。
「ふざけんな! 誰がこんなこと……」
映し出されるニュースの映像では、彼らの仲間が“敵の人質”として描かれている。
ロンは煙草をゆっくり吹かし、低く呟いた。
「――こういう仕込みだ。俺たちがレジスタンスとして存在する前提で、すでに物語を作られている」
潮騒のようなざわめきが、酒場全体を覆った。
誰もが悟った。
この戦いは、現実だけでなく“物語そのもの”を奪い合う戦争なのだと。
——戦いの幕は、すでに上がっていた。
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