第52話 ロンの告白


磯子の別荘・広間。潮騒が遠くで鳴っている。


ロンがゆっくりと口を開いた。

「まず一つ。——私は人間じゃない」


「え———!?」

全員が固まる。

千斗が真顔でまじまじと覗き込んだ。


「アンドロイドなのに? タバコ吸うのかよ」

「2035年製の初期型だ。人間に“見える”ように作られた。……これは体内冷却の蒸気だ。フリだよ」


ロンは肩をすくめ、火をもみ消した。


短い沈黙。ミナの喉が小さく鳴る。

「……じゃあ、ロンは誰が——」


「ノアを造ったのは霜峰家の主。——ミナ、君の祖父だ」


ジンが息を呑む。

マナがミナの手を握った。


「世界の技術すべてを投入した量子コンピューター“ノア”。このテクノロジーをお前の父と叔父、それから久遠司が引き継いだ。……名前は知っているな」


ジンが眉をひそめる。

「政府のスコア管理の要であり、ブルーホライゾンを支えるノアシステム」

「そう。しかし、ブルーホライゾンは本来“子どもの脳の潜在能力を伸ばすため”のものだった。

——今の使われ方は、見ての通りだが」


ロンはリモコンを押す。

プロジェクターに映像が走る。


埃っぽい研究室、若い三人——霜峰ハトル、霜峰ミトル、久遠司。

カメラの向こうから笑い声が響く。


『これからノアを起動するぞ!』

『司! ミトル! はやく!』

画面の端で、小さなミナがスイッチに手を伸ばす。

『はぁい』


モニターに NoA の文字が灯り、

三人が短い旋律を口ずさんだ。


ミナの肩がびくりと震える。

「……このメロディ……私の“ノア・ポイント”」


耳の奥にずっと残っていた旋律が、現実の映像と重なっていく。ミナの胸に幼い日の匂いと記憶が逆流する。


「覚えていたのだな」

ロンが小さく頷いた。

「あれは、ただの子守歌じゃない」


映像が切れ、部屋に波音が戻ってくる。


マナが戸惑いの声を漏らす。

「じゃあ、青梅やブルーホライゾンは……?」


「本来はノアによってプログラミングされた“教育ゲーム”だ。秘めた才能を見つけるために開発された。だが今は——意図から外れ、“選別と矯正”に使われている。梅センターは兵器実験棟だ」


その言葉は淡々としているのに、空気が一気に冷えた。


ジンが前のめりになる。

「止める方法は? 俺たちにできることは?」


ロンはジンを見据えた。

「——あのシステム、ノアには“鍵”がある。だが開け方について、私の記憶も消されている。鍵を隠したのはハトルだ」


「察しは着いているが……ここで口にすれば、全員が狙われる」


「ヒントくらいは?」千斗が食い下がる。

「鍵は一つじゃない——それだけ覚えておけ」


ミナは拳を握りしめた。

「お父さんは、このシステムに今も関わっているの?」

「制御には関わっている。だが、“支配”はまだ誰にも完璧にはできていない」


窓の外、潮風がカーテンを揺らした。


ロンはプロジェクターを閉じ、低く締めくくる。

「今日のところは、ここまでだ。——続きは、生き延びてから話そう」

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