第51話 夜明けと秘密
10月2日 検定日当日
学校では、検定最終判定の結果がモニターに発表されていた。松は、学年で男女各10名しか選ばれない狭き門だ。
「青砥
「おい!ミナ、ジン、二人とも選ばれたぞ!」
千斗が興奮してジンの肩を叩く。
「おめでとう!ジン、ミナ!」
クラスメイトの拍手と祝福が響いた。
この日の、この瞬間のために、自分の人生は存在してきたはずだった。
けれど今は――何の価値も感じられなかった。
◇
「ただいま」
「よく頑張ったわね。ジン」
ジンは覚悟を決めるように、母の顔をまっすぐに見つめた。
「俺学校やめる。友達を助けたい。この世界を捨てる。だから家を出ていく」
母はしばらく背中は小刻みに震え、気持ちを落ち着けているようだった。
やがて小さく息をつき、微笑んで口を開いた。
「……貴方が覚悟の上で決めたのね。自分で」
「ああ」
「そう、わかった。父さんに言っておく。頑張りなさい」
裏口から出ていく息子を、母は静かに姿が見えなくなるまで見送った。
◇
駅に向かう。後ろから声をかけられ、振り向いた。
「ジン!」
「ミナ」
「今夜は、あの別荘に泊まろう。マナと千斗も、もう着いたって」
もう戻れない。
◇
別荘に着いた二人は、波打ち際へ出た。波の音が絶え間なく寄せては返す。二人の間をつなぐのは、言葉ではなく、その響きだった。
ミナの髪が潮風に揺れ、頬をかすめる。
そのわずかな温もりに、ジンの胸が熱を帯びた。
「……ジン」
囁くような声は小さいのに、雷鳴よりも鮮烈に心を打った。
その瞬間、ジンは悟った。“護る”とは、概念でも使命でもない。目の前の温度を、鼓動を、涙を、絶対に失わせないと誓うことだ。
東の空が朱に染まり、波間が黄金に揺れ始める。冷たい風と、彼女の肌のぬくもり。鼓動が伝わる。その対比が、痛いほどリアルに「生きている」ことを教えてくる。
ジンは言葉もなくただ腕を回した。守る、と口にしなくても、身体がそれを覚えていた。
——そしてその夜明けが、ジンを“戦う者”から“護る者”へと変えた。
「……ミナが好きだ」
掠れた声が震えていたのは、自分の方だった。
「……うん、私も。ジン」
潮騒と朝日が、その言葉を永遠に刻むように二人を抱いていた。
◇
磯子の別荘。夜が明けた広間に、ジン、ミナ、マナ、千斗の四人が集まっていた。
潮騒が遠くで絶え間なく鳴り、カーテンの隙間から光が差し込む。重苦しい沈黙を破ったのは、ロンだった。
「……ここに来るのは、久しぶりだ」
ミナが驚いて振り返る。
「えっ?ロン、ここに来たことあるの?」
「ああ。四十年前だ」
ロンは灰皿にタバコを押し付け、しばらく黙った。
そして、ゆっくりと口を開く。
「ようやく話す時がきたな」
ロンはゆっくりと視線を上げ、淡々と告げる。
潮風がカーテンを揺らす。
ロンは一瞬だけ朝日の方を見た。
「まず、一つ。——私は人間じゃない」
古びた機械の軋むような声。その響きに、誰も言葉を返せなかった。光を浴びる横顔は、どこから見てもただの“人間”だった。
◇
息を呑む音が重なった。千斗が真顔でまじまじと覗き込み、思わず声をあげる。
「……は? アンドロイドなのに?タバコ吸うのかよ」
「2035年製の初期型だ。人間に“見える”ように造られた」
ロンは肩をすくめ、火をもみ消した。その瞳に、一瞬だけ、機械とも人間ともつかない光が揺らめいた。
——長く隠されてきた秘密の扉が、今ゆっくりと開き始めていた。
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