第5話 黒電の少女、現る

「ドゴォォンッ」

轟音とともに、悠人は反射的にバックステップで後ろへ跳んだ。


目の前の地面には、巨大なハンマーが深々と突き刺さっている。

振り返った男の顔を見た瞬間、息が止まった。


赤く血走った双眸。

それは、理性を完全に失った獣そのものだった。


(……ガジェットの暴走)


脳裏に、自分の部屋で読んだ記述が蘇る。

――人の体内に搭載されたガジェットは、一定の負荷を超えると自我を失い、暴走状態に陥る。

そしてやがて、本物の吸血鬼のように「血」を求め、殺人鬼へと変貌する。


「来るッ!」


二撃目。

咄嗟に身をかがめると、振り下ろされたハンマーが壁にめり込んだ。

抜けずに男が僅かにもがく。


(……力任せすぎだろ! でも今しかない!)


悠人は踵を返し、駐輪場の向かいにある駐車場へと走った。

車の影に身を潜め、荒い息を整える。


(やべぇ……どうする。助け呼ぶ? 誰に? サイバー部隊? いや連絡手段なんて……!

この世界でも110番したら警察が来るのか? クソ、もっと調べときゃよかった!)


額から冷たい汗が流れる。

恐る恐る車の隙間から顔を出すと――


「……っ!」


数メートル先。

満月を背に、赤い瞳が光った。

大男は車の屋根に立ち、肩にハンマーを担ぎ、悠人を探している。


確実に、俺を狙っている。


「クソッ……」


心臓が喉を突き破りそうなほど脈打つ。

だがその瞬間、ひとつの可能性が頭をよぎった。


(……そうだ、俺には能力がある)


毎晩、風呂場で繰り返してきた練習。

小型ドローンの具現化。

何度も同じ物体を繰り返すことで、脳が「データ」として記憶し、イメージするだけで即座に具現化できるようになった。


「これを囮するしかない」


悠人は決意すると、両手を前に突き出した。

次々と光がほとばしり、小型のドローンが空中に姿を現していく。


荒い息を吐きながら、ハンマーの男はぎらつく瞳で辺りを探す。

ふと、車の後方にかすかな影が揺れた。


「――ッ!」


男は獣のように飛び乗り、屋根に振り下ろす。

ズガァンッ!

衝撃とともに、砕け散ったのは――小型ドローン。


(よし……!)


悠人は息を殺し、車から車へ素早く身を移す。

その間にも脳内でドローンを操作し、壊された瞬間に新たな影を走らせた。

ハンマーが振るわれるたびに、金属の破片が飛び散る。


「グォォォッ!」


男は次々とドローンを叩き潰す。

だが、その隙に悠人は距離を稼いでいく。

(……いける。これなら逃げられる!)

ハンマー男は武器から管の伸び腕の血が吸われている。

その途端ハンマー男は車の屋根三台を吹き飛ばしドローンを一掃させた。明らかに威力もスピードも伸びている。その光景を見た俺は咄嗟に慌てしまい無我夢中に逃げてしまった。

気づいたら目の前に、巨大な巨体が忽然と現れた。

飛んできたのだろう、悠人の逃げ道を完全に塞ぐ。


残っているドローンも必死に操作し、ハンマー男の顔面へぶつけるが――もはや、何の意味もない。

男は片手でドローンを潰し、振るうハンマーすら使わず、悠人を追い詰める。


赤い瞳。狂気に満ちた笑み。

悠人は、逃げることを諦め、死を覚悟した。


――その時だった。


巨体が縦にハンマーを振りかざそうとした瞬間、黒髪の少女が悠人と男の間にすっと現れた。

夜風になびく髪、片目に淡く光る電撃の線。

整った横顔。その冷たくも決意に満ちた眼差しは、病室の廊下や図書室で目にしたあの少女


悠人は思わず口にした。


「黒電……の、カグラ……!」


少女――いや、神楽が巨体の胸に片手を伸ばすと――


バチバチッ……!


とんでもない電撃が男の体を貫く。

その瞬間、煙が立ち上り、鋼鉄の体が軋む音とともに崩れ落ちる。


神楽は冷たい瞳で悠人を見下ろしていた。

悠人は思わず息を整えるために深く息を吐き出し、もう一度彼女の方へ目をやった――その背後で、巨体がゆっくりと起き上がる。


煙を上げ、軋む音を立てながら、それでも最後の力を振り絞るように立ち上がる。


「……悠人、後ろに下がって!」


神楽の声が鋭く響く。

(なんで俺の名前を……)と疑問が胸をよぎったが、考えている暇などなかった。


二人は自然と足並みを揃え、再びハンマー男を睨む。

だが次の瞬間――。


「……っ!」


男の腕に刺さった管が、血を吸い上げる速度を急激に上げた。

脈動する赤黒い液体が武器へと流れ込み、鈍重なハンマーの形状が変化していく。


――斧。


刃は禍々しく歪み、月明かりを反射して妖しく輝いていた。

第二ラウンドの始まりを告げるかのように。


悠人の額に冷たい汗が伝う。

「俺が、病院の廊下で見たあの黒いビリビリ……あれは、もう使えないのか?」


神楽は一瞬だけ横目を向け、低く言い放つ。

「あの技は頻繁に使える代物じゃない。――使いすぎれば、あいつと同じになる」


斧男が突進してきた。


「……この時代でも、不便って言葉は存在するんだな」


悠人は思わず皮肉を口にする。


悠人と神楽は咄嗟に左右へ散る。

斧男の狙いは明らかに神楽。鋭い刃が彼女を追い、神楽は素早い身のこなしで駐車場の車やバイクを盾にする。金属音が崩れていく。


次の瞬間、斧の一撃が真正面から叩きつけられた。

「っ……!」

カグラは腕を払うように動かし、その手に――青白い光と共に一本の日本刀が現れた。


斧と刀がぶつかり合う。

ギィィンッ!!

火花が散り、空気が震える。


悠人は車を壁にし視線を走らせる。

(俺に……俺に何ができる!?)


視界の先。

斧男と渡り合うカグラの目が、僅かに赤く染まり始めていた。

それを見た瞬間、悠人の心臓が跳ねる。

(やばい……! このままじゃ、あの子まで……!)

悠人は考える。今俺ができるのは見たもの触ったものを具現化する能力でももし、もし過去に見たものであいつを倒せるものを具現化できるのであれば

(灼高の銃……!)できないとか考えている暇はない。やるしかなかった。一週間前、初めて目にした灼高のカレンの銃。

その光景を必死に思い出し、悠人は全集中で具現化を試みた。


莫大な情報量が脳に流れ込み、頭が揺さぶられる。

鼻から血が垂れ、視界が揺れる。

だが――たとえ人が違いでも……カグラは、由依に似ている。俺はこの子を死なせたくない。

その想いだけが、悠人を支えていた。

カグラは押され、斧の刃が再び振り下ろされようとしていた――。


斧が振り下ろされる――その瞬間。


(間に合え……! 今しかないんだッ!)


悠人の叫びと同時に、右腕から白光が噴き出す。

骨が砕けるような激痛。脳を焼き切るような閃光。

視界が揺らぎ、意識が千々に引き裂かれながらも、必死に“あの光景”を掴みにいく。


――黒い銃身。閃光を吐く、あの一撃。

灼高のカレンが放った、必殺の銃。


バチバチバチッ!!


空気が震え、掌に“形”が凝縮していく。

黒鉄の銃身。走る赤いライン。冷たく、確かな重み。


「……来い……っ!」


光が弾け、銃が完全に現れた瞬間、世界が凍りついた。

手は震え、鼻血が頬を伝う。

だが、銃口だけは獲物を逃さぬ獣のように一点を捉えていた。


カグラの瞳が見開かれる。

「それは……灼高の……!」

悠人は叫んだ

「カグラ、避けろッ!!」


言葉と同時。

カグラは阿吽の呼吸のように、雷鳴の速さで身を翻す。


巨体の斧が振り下ろされる――寸前。


悠人の指が、引き金を絞った。

――ドゥガァァァンッ!!!


轟音と閃光が夜を裂き、駐車場全体を白く染め上げる。

空気が爆ぜ、衝撃波が鉄を震わせる。辺りの車が一斉にアラームを鳴らし、破片が吹き飛んだ。


斧男の赤い瞳が、驚愕に見開かれる。

黒鉄の弾丸がその巨体を貫き、灼けるような閃光が肉を焼いた。


「……っ、はぁ……」


悠人は、その胸に風穴が空いたのを確認し、全身の力が抜けた。

斧男は膝を折り、そのまま倒れ伏す。二度と立ち上がることはない。


安堵の息と同時に、悠人の視界が暗転する。

耳の奥で――「危険、衝撃音感知」という機械的な警告音がドローンから鳴り響いた。


「……」


カグラはしばらく悠人を見下ろす。

刀の切っ先は迷うように彼へ向けられ――そして、わずかに震えた。


「……んー……もう、しょうがない」


小さく吐息をこぼし、彼女は気絶した悠人の身体をひょいと持ち上げ、その場を後にした。


――その光景を、遠く離れたビルの上から眺めている者たちがいた。


「……私の人形、死んじゃったぁ……」

ひとりは泣き声を漏らす。


「いやぁ、面白いものを見せてもらった」

もうひとりは愉快そうに笑う。


「ここも、すぐ騒がしくなる。……帰るぞ」


――二人の足音はすぐに掻き消え、残るのは不気味な余韻だけだった。

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