第6話 静寂の余韻
街中にサイレンの音が響き渡る。ビルの巨大パネル広告に赤や青の光が反射し、夜の街を人工的に照らし出す。路地にはネオンの光が揺れ、空気は静寂よりもざわめきで満ちていた。
シロウは倒れている巨体を興味深そうに見つめる。体は焦げており、まるで電撃でも浴びたかのようだ。体の中心には大きな風穴が開いており、手をかざすと、その穴から立ち上る熱気が伝わり、焼けるような感覚が走る。
遠くから元気な声が聞こえる。
「シロウさーん! この辺りの監視カメラ確認したんですけど、ちょうど全部停止していて!」
颯太が息を切らしながら声を張る。
シロウはにやりと笑う。
「いやー、颯太くん、新人なのによく頑張るね」
いつも通りの高いテンションで感心を口にした。
しかし、目は再び死体の方へ。
「この破壊力、この穴の大きさ……」
シロウの視線が鋭くなる。
「これは、僕が以前カレンのために開発した銃と同じだ。これを開発できるのは、僕しかいない。そして都合よく監視カメラも停止……計画的な犯行?EMPでも使ったのか?」
空を見上げ、シロウは低くつぶやいた。
「この街では、何かが起ころうとしている……」
♦︎
暗闇の中、何かに手をかける感覚があった。
首に力がかかる――必死に抵抗する男の腕。だが、俺の手は自分のものではない。光沢のある金属の手。ロボット……?
「な、なにを……っ!」
黒いモヤで顔は見えない。夢なのか現実なのか、境界がわからないまま、俺の腕は誰かの首を締め続けていた。
心臓が跳ね、息が詰まる。
――「やめろ……おい……!」
必死に抵抗する声が、どこか遠くで響く。
――そして目が覚めた。
以前も似たような夢を見た気がする――いや、思い出したくもない夢だ。
柔らかな布団に包まれ、体の力が抜ける。汗でびっしょりの額を手で押さえながら、呼吸を整える。
「……大丈夫?」
冷めたような声。目を開けると、神楽がベッドの脇に立ち、こちらを見下ろしていた。
黒髪が夜の光に揺れ、昨日戦った戦場の鬼気はなく、普段通りの落ち着いた表情だ。悠人はベッドに体を預けたまま、腰を少し起こす。
すると、神楽の手がスッと伸び、首元に刀の刃先を押し当ててきた。冷たい刃の感触に、背筋が一瞬で凍る。
「悠人、なぜあの日、私たちを裏切った?」
神楽の声は静かだが、怒りと鋭さが混ざっていた。
「あなたのせいで、カイロは今牢獄の中にいるのよ」
悠人は手を上げ、必死に過去の記憶がないことを説明した。
神楽の瞳が一瞬、鋭く光る。
「……それは、嘘じゃないんだな?」
悠人は視線を背け、必死に首を振り
悠人は視線を伏せ、息を整える。
「……一体、何があったんだ?」
神楽は静かに息を吐き、視線を遠くに向ける。
「街の中心にそびえる高層タワー――あの建物の最上階に、コアは設置されている。単なる装置じゃない。都市全体の情報網やサイバーエネルギーを制御するための中枢部よ」
悠人は視線をそらし、言葉を受け止める。
「最上階にあるということは……当然、守りは厳重なんだろう?」
神楽は軽く頷いた。
「ええ。外壁は高耐久複合金属で覆われ、窓やエレベーターシャフトも全て自動警備システムで監視されている。入り口から最上階まで、通路や階段もセンサーやレーザーで包囲されている。警報が鳴れば、瞬時に無人ドローンや機動兵が迎撃する――鉄壁よ」
神楽は視線を逸らさず、続ける。
「一ヶ月前のこと――私たちサイバーヴァンプは、あのタワー前でコアを破壊するために戦っていた。サイバー部隊との全面戦闘だった」
悠人は小さく息を呑む。
「……で、俺とカイロは?」
神楽は淡々と説明する。
「戦況は私たちが優勢だった。コアの前にはカイロとあなたが立っていて、私はカレンと戦っていた。……そのとき、あなたはカイロに何かを向けていた」
「何かを……?」悠人の声が震える。
神楽の瞳が鋭く光った。
「その瞬間、大きな閃光が走ったの。気がついたら、あなたとカイロは二人でコアの前に倒れていた。私たちはコアを破壊できる前提で行動していたから、これ以上戦闘が続けば、自我を失いかねない――戦略的撤退をしたのよ」
悠人は神楽に問いかける。
「前の俺って、サイバーヴァンプに所属してたのか?」
神楽は冷静に頷く。
「ええ。あなたは組織のNo.2に近い立ち位置だったわ。戦闘は苦手で、表舞台に立つのをいつも嫌がっていた。その分、武器を開発して提供してくれていたの。でも、普段は無口で関わろうとしなかったから、何を考えていたのか私たちには分からなかった、あなた自身も自分の体の四肢にガジェットを埋め込んでいるわけでもないし、裏でしか関わっていなかったから、サイバー部隊に捕まり最初は共犯者と疑われはしたけれど、結局牢獄には入れられなかったのよ」
確かにあの戦闘の中で何も装備せずに行くなんて
自殺行為も同然だ。病室で目覚めた時に保護観察対象で済んだのも納得がいく。
悠人は眉をひそめる。
「じゃあ、昨日襲ってきたやつらもサイバーヴァンプのメンバーなのか?」
神楽の表情が一瞬険しくなる。
「違うわ。あいつらは最近暴れ回っている、サイバーヴァンプという名を借りた別の連中よ。首謀者も目的も不明で、何を考えているのか分からない。サイバーヴァンプの存在を知っているなら、『異端者』って言葉も知ってるでしょ? 私たちのメンバーはあなた以外、全員異端者で構成されているの」
悠人は疑問が膨らむ。
「サイバーヴァンプの目的って現実世界に戻るために異端者で結成されてるんだよな?前の俺は、この世界に生まれたのに、なんで異端者に関わってたんだ?」
神楽は小さく肩をすくめる。
「そんなの、知らないわよ。だって、前のあなたは全然喋らないんだもの」
ふと、皮肉っぽく笑う。
「記憶を失った状態で『異端者』の話を聞いても、あなたは笑わないのね。ほとんどの人は、別の世界なんてないって言って馬鹿にするのに」
悠人は思わず心の中でつぶやく。
(そりゃ俺も、別の世界から転生してきたんだからな……)
悠人はさらに尋ねる。
「神楽は、なんで元の世界に戻りたいんだ?」
神楽の目が鋭く光る。
「あなたには関係ないでしょ」
その声には殺気が混じり、悠人は思わず背筋がゾクっとする。
「……てか、神楽って呼ぶのやめてくれない?」
「は?」
「その名前、みんなが勝手に呼んでるだけだし。私の名前は雫。あと、一応あなたと同じクラスだから」
悠人は驚いて目を丸くする。
(気づかなかった……俺の席は窓際の右端で、雫は廊下側の左前か。全然気づかなかった)
自分がいかに人の顔を見てないのがわかる。
雫は柔らかく微笑む。
「あなたが久しぶりに登校してきたとき、明らかに様子がおかしかったから、一週間様子を見ていたの。そしたら、サイバーヴァンプに襲われそうになっていたのを見て、助けたの。」
昨日の戦闘で疲れているのか、雫の声にはどこか張りがなかった。
悠人も口を開く。
「そういえば……俺が目覚めたタイミングで、監獄にいるカイロって人も目を覚ましたらしいぜ」
「――ほんとに?」
雫の表情が一瞬だけ明るくなる。目にわずかな光が宿った。だが、すぐに我に返り、いつもの冷静な顔に戻る。
悠人は続けて尋ねる。
「雫以外のメンバーは、今どうしてるんだ?」
雫は小さく息を吐いた。
「カイロとあなたが捕まってから、組織の連携はバラバラ、今は各々が個人個人で動いてる。」
そして視線を鋭くし、悠人を真っ直ぐに射抜いた。
「だから、あなたもカイロを助けるために協力するのよね?」
雫の声に込められた殺気が空気を張り詰めさせる。
断れば、その場で斬られるんじゃないか――悠人の背筋に冷たいものが走った。
「は、はい……」と気まずそうに返事をしつつ、悠人は続けて言った
「だがカイロが助けが終わったら終わりだもう俺は関わりたくない」と言った
雫はいつも通り冷たい目線で「わかったわ」と言った。
悠人は思わず額の汗を拭いたとき、自分の腕に違和感を覚えた。
――そうだ、俺にはまだGPSが付けられてるんだ。
「は、はい……」と気まずそうに返事をしつつ、思い出したように口を開く。
「そうだ……俺、保護観察期間だからGPS付けられてるんだけど……昨日の件、バレたりしないのか?」
声には焦りが混ざっていた。
雫は肩をすくめ、少し皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「本来なら私は仮面をつけて戦うの。でもね、昨日だけはあの周辺の通信器具、監視カメラが全部停止してたの。不自然だと思って辺りを見てたら……あなたがハンマーの餌食になってたわけ」
「……」
「もし監視カメラが動いてたら、あなたを助けてなかったかもしれない。よかったわね、相手が計画的な犯行で」
その言い方は、ほんの少しクスッとした笑いを含んでいた。
「ま、まじかよ……」悠人は肩を落とし、思わず萎えたようにつぶやいた。雫はふと問いかける。
「……ところで。あなた、どうやってカレンの銃を出したの?」
悠人は答えるか迷った末、短く口にした。
「……企業秘密なので」
冷たい眼差しを向けられる。
「まあいいけど。どうせあなたは昔から自分のこと喋らないし」
すぐに話題を変えるように、雫が続ける。
「それより……帰ってから朝まで、携帯鳴りっぱなしだったわよ。うるさいから早く止めてくれない?」
「あっ……」
悠人は思わず顔をしかめた。すっかり忘れていた。
携帯を開くと、葵から大量のボイスメッセージ。
――『お兄ちゃーん! いまどこいるの!!』
雫はくすっと笑う。
「可愛い妹さんね」
悠人は眉を下げて小さく答える。
「……ごめんな、馬鹿兄で」
「そうね。妹のためにちゃんと生き延びなさい」
さらりと告げられ、悠人は思わず吹き出した。
「ラノベのヒロインみたいなこと言うなよ」
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