第4話 赤い目の知らせ
街角で三人の半グレが学生に絡んでいた。
「おい、財布出せや!」
「逃げんなよコラ!」
ニヤつきながら腕を掴み、路地へと押し込もうとする。
近未来になっても、こういう連中は絶えないらしい。
そのとき――地面がドンッ、と揺れた。
「……あ?」
半グレの一人が振り返る。
そこに立っていたのは、血走った赤い瞳を光らせる大柄な男。
両手には、鉄塊のように重そうなハンマーを握っている。
肩は上下に揺れ、吐息は荒く、まるで理性を失った獣そのものだった。
「なんだテメェ……」
次の瞬間、ハンマーが横に振り抜かれた。
骨の砕ける鈍い音。
一人の半グレの顔がぐしゃりと潰れ、壁に叩きつけられる。
「う、うわああっ!」
残りの二人が逃げようとした瞬間、もう一撃。
肋骨が砕ける乾いた音と共に、血が路地に飛び散った。
「ひっ……!」
取り残された学生は腰を抜かし、その場に尻餅をついた。
赤い目の男は呻き声を上げながら、ゆっくりと彼へ近づいていく。
血まみれのハンマーを引きずり、獣のように呼吸を荒げながら――。
だが、通りの群衆が悲鳴を上げ、監視ドローンの警報音が響いた瞬間、
男は何事もなかったかのように、闇へと消え去った。
――この街でまた、ひとつ不気味な事件が起きた
◆
あれから一週間が経った。
この世界のこと、そして「俺」がどんな人間だったのかも、大体わかってきた。
まずは家庭のことだ。
どうやら一ヶ月前の事件は建物的な被害がとても大きかったらしい。政府は市民を大規模に避難させ、市民の被害は最小限に抑えられたという。
だが――俺たちの父さんと母さんは助からなかった。
俺には一つ年下の妹がいる。名前は葵。
俺が一ヶ月も目を覚まさない間、葵はずっと一人で暮らしていたらしい。
夜になると、泣いている声が聞こえる。
――大丈夫だ。これからはお兄ちゃんが守ってやる。
この一週間で、俺は自分の「能力」についても理解した。
俺は――実物を見たもの、触れたもの、その情報をすべて読み取り、具現化できるらしい。
ただし万能ではない。
戦闘ヘリのようにサイズが大きすぎるものを具現化すると、脳に強烈な負荷がかかる。
さらに気を失えば、その瞬間に具現化したものは全て消える。
試しに病室で見たドローンを、風呂場でこっそり量産していた時のことだ。
――頭に鋭い痛みが走り、鼻血を噴き出し、そのまま気絶。
気がついた時には葵が風呂場で俺を揺さぶっていた。
もちろんドローンは全部消えていたし、何より……裸をバッチリ見られた。
あの時の葵の真っ赤な顔は、たぶん一生忘れない。
朝の食卓。妹の葵がトーストをかじりながら、何気なくテレビに目を向ける。
「昨夜、郊外の路地で若い男性三人が死亡しているのが発見されました。
目撃者の証言によりますと、“赤い目をした大柄の男がハンマーのような武器を振るっていた”とのことです。警察は、これをサイバーヴァンプの仕業と見て調査を進めています』
アナウンサーの声が流れ、食卓に一瞬、重たい空気が落ちる。
「うわ……こわ。ねえお兄ちゃんも帰り、気をつけてねー」
葵は少し不安そうに俺の顔を覗き込む。
「……ああ、わかってる」
俺は曖昧に答えながら、胸の奥に微かなざわめきを感じていた。
「じゃあ、学校に行ってくる」
そう言って玄関を出ると、背中に「いってらっしゃい」の声が響いた。
外に出れば、この世界の景色が広がっている。
車輪のない車が、地面から数センチ浮かんで滑るように走っていく。
空には貨物ドローンが飛び交い、ビルの壁一面には鮮やかな広告スクリーンが流れ込んでいる。
まるで街全体がゲーミングPCみたいにキラキラしている。
学校に着くと、どうやら記憶を失う前の俺は「頭がよくてモテていた」らしいと知った。そりゃーこんな能力持ってたらテストはカンニング仕放題だからなと内心呟いた。
もちろん顔は変わっていない俺ってそこそこかっこよかったんだそう思うと同時に物事に対して結果を出してたら現実世界でもモテていたのだろうと感じる。
……実力主義、怖。
学校の授業は、理系の知識や設計技術、そして戦闘訓練を重視しているらしい。
どうやらこの時代は「自分の進路をどう作るか」が何よりも大事で、文系は軽視されがちだと感じた。
(近未来って……文系は切り捨てられるんだな。世知辛い世の中だ)
そんなことを考えながら教室に入り、自分の席に腰を下ろす。
その瞬間、背後から明るい声で背中を叩かれた。
「おはよ! ユウト!」
茶髪で元気な青年がよく挨拶してくる。
学生時代、後ろの席からこんなふうに声を掛けられることなんてなかったから、毎回びっくりする。
「……ああ、おはよう」
思わず少し照れくさく返事をする。
彼の名前は――颯太(ソウタ)。
戦闘訓練や運動神経は学年トップクラスで、最近は“サイバー部隊”の訓練にも参加しているらしい。
学力はまあそこそこらしいけど、その明るさと行動力で周囲からの信頼は厚い。
毎回こうして気さくに話しかけてくるあたり、記憶を失う前の俺と颯太は、相当仲が良かったのだろう。
次の瞬間、教室の前方から少し高めの声が響いた。
「ユウト! 今日の宿題のここ、教えなさいよ!」
振り向くと、長い髪を揺らしながら立っているのは――美咲(ミサキ)だ。
どうやら毎回ユウトに頼んでいるらしく、ちょっと困った顔をしている。
「えー、どうしようかな……」
と答えると、ミサキは少し泣きそうな顔になる。
(やべ、ツンデレ可愛い……)
悠人は内心、そう思わずにはいられなかった。
「まあまあ、ユウト、そんないじわるしないでよ」
颯太が軽くツッコミを入れる。
颯太の言葉に、ユウトは照れ笑いを浮かべつつ、少し考えてから宿題の内容を教え始めた。
授業が終わり、放課後。
俺は図書室へと向かっていた。
別に勉強がしたかったわけじゃない。――ただ、調べたいことがあったからだ。
退院して家に戻り、自分の部屋を初めて見た時のことを思い出す。
そこには、壁一面にびっしりと貼られたガジェットの設計図。机の上には書き散らされた研究日記。
正直、背筋が冷えた。
(……これ、本当に俺の部屋なのか?)
その中で、ひとつ特に目を引いた研究日記があった。
タイトルには――《サイバーヴァンプ》とある。
中身を読み進めると、そこにはおぞましい記述が残されていた。
どうやら、人の体内に搭載されたガジェットは、ある一定の負荷を超えると自我を失い、暴走状態に陥る。
そしてやがて、本物の吸血鬼のように「人の血」を求め、殺人鬼へと変貌するのだという。
……冗談じゃない。
さらにページをめくれば、人を操るガジェット、敵の放出物を相殺するガジェット――そんな物騒な研究資料が次々と出てくる。
「……俺、世界征服でも企んでたのか?」
思わず突っ込みを入れたが、笑えなかった。
まるで「前の俺」が、どこかに足を踏み外していたようで、心の底に不気味な寒気が残る。
俺は図書室に足を運んでいた。
少しでも、この世界や自分のことについて手がかりがないかと思ったのだ。
歴史書、技術書、古い新聞のデータベース。
片っ端から本を取ってはページをめくり、結局「当てにならない」と戻す。
繰り返し、繰り返し――。
ふと、片手に隠している小さな装置へと視線が落ちる。
GPS。いや、爆弾と言ったほうが正しい。
それを握りしめるたび、胃の奥が冷たくなる。
「……はぁ」
ため息を吐き、大量に積み上げた本を棚に戻し始めたときだった。
すぅー、と。
視界の端を、艶やかな黒髪が通り過ぎる。
思わず胸が跳ねた。
見覚えがある。忘れられない。
「――由依!」
俺は叫んでいた。
黒髪の少女は立ち止まり、静かに振り返る。
整った顔立ちに冷ややかな瞳。
「……ここは図書室。静かにすること」
低い声でそう告げると、さらに言葉を重ねた。
「それと。私は由依なんて名前じゃないわ」
冷たい空気を残し、少女は再び歩き出す。
「……っ」
思わず「ごめんなさい」と口にして、俺は慌てて本を棚に押し戻した。
図書室の窓を見ると、外はもう暗くなっていた。
「やば……こんな時間。葵が心配する」
胸に小さな罪悪感が走る。
(葵、ごめん。ほんとバカ兄貴で……)
学校を出て、駐輪場へ向かう。
夜の空気は冷たく、見上げれば満月がくっきりと夜空に浮かんでいた。
(……こんな近未来でも、自転車使ってるの俺だけだろ)
小さく呟きつつ、カバンの中に手を突っ込み、自転車の鍵を探す。
その時だった。
月明かりに照らされ、地面に伸びた自分の影が――一回り、いや二回りも大きくなっている。
「……え?」
恐る恐る振り返ると、血走った赤い瞳をぎらつかせる大柄な男が立っていた。
両手には、鈍く光る巨大なハンマー。
「……嘘だろ」
次の瞬間、大男は容赦なくハンマーを振りかざしてきた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます