第3話 異端者の朝

悠人は、ふとした感覚で目を覚ました。

視界に広がるのは、病室の天井。


(……そうだよな、流石に夢だよな……)


昨日の黒雷と灼炎の戦いが脳裏をかすめる。だが、あれはどう考えても現実味がなさすぎる。

きっと熱にうなされて見た悪夢だろう。


「……二度寝、二度寝」


寝返りを打ち、横向きで目を閉じかけたその瞬間――。


赤。

視界の端に、赤が揺れた。


(ん?……なんか急に部屋の気温上がった?)


目を薄く開けると、椅子に座り見覚えのある鮮やかな赤髪が見える。

それを辿っていけば、そこに座っていたのは――昨日、夢に出てきたあの美人。


灼紅のカレン。

いや、周りからは「灼高」と呼ばれていたはずだ。


(……よし、知らないふりだ……)


悠人は慌てて目を閉じた。寝息の演技も忘れない。

だが、その努力は一瞬で無駄に終わる。


「――おい! 今、起きただろ!」


耳元で鋭い声が響く。


「……いや、やだ。起きたくない」

悠人の布団は、容赦なくカレンに攫われた。

「お、おい! この世界の女の子みんな力強すぎだろ!」

内心で悲鳴を上げつつ、思わず口をついて出たのは――。


「……殺される……」


言った瞬間、自分でも「ヤバい!」と思った。

しかし背後から軽快な声が飛んでくる。


「はいはい、カレンさん。あんまりいじめないでくださいよ」


軽く手を叩く音と共に現れたのは、白髪と銀髪が混ざったような髪をした男。

メガネを掛けたその男は、にやりと笑いながら悠人の肩を馴れ馴れしく組む。


「僕の名前はシロウって言います。――ユウトくん? 会いたかったよ」


唐突すぎる言葉に悠人は目を瞬かせる。

その真意を測ろうとした瞬間、シロウはまた調子を戻した。


「実はねユウトくん、君が電撃で気絶した後……カレンさん、ずーっとベッドの隣に座って待ってたんですよ。日を越す頃には――なんと一緒に寝てたんですけどね、ひひっ」


「……な、なんだよ灼高。意外と可愛いとこあるじゃん」


悠人がからかうように笑うと、シロウも同調して肩を組み、二人でニヤニヤと顔を見合わせる。


――次の瞬間。


脳天に「ゴンッ!」と重い衝撃が走った。


「いっっってぇええええ!!」


悠人は床に崩れ落ち、頭を押さえて転げ回る。

見るとカレンの拳はまだ握られたまま。怒りと恥ずかしさを必死に抑えた顔で、低い声を落とす。


「――本題に入るぞ。一ヶ月前のことだ」


一瞬で場の空気が張り詰めた。

先ほどまで軽口を叩いていたシロウですら、笑みを引っ込め、姿勢を正す。


カレンの赤い瞳が、悠人を鋭く射抜いた。


「ユウト。お前は……“あの場所”で何をした?」


――“あの場所”。

聞き覚えのない言葉なのに、胸の奥に重くのしかかるものがあった。


悠人はごくりと唾を飲み込み、思わず口を開く。


こういう時は素直に言うしかないよな。


「あはは。実は僕――前の記憶がなくて……」


カレンの赤い瞳が一瞬見開かれ、すぐに怒気を帯びる。


「……ふざけるな!」


案の定、反応は決まっていた。

怒声に悠人は肩をすくめるが、シロウだけは違った。

今までの軽い調子とは打って変わって、静かに語り出す。


「――ユウトくん。この世界のことを、少し説明します」


その声は落ち着いていて、どこか重みがあった。


「ここ数年で、機械技術は飛躍的に発達しました。しかしその技術を悪用しないために、我々“サイバー部隊”が存在しているんです。

この世界には――中心に“コア”と呼ばれるものがあり、そこからのエネルギー放出で街全体も機械も稼働している」


悠人は黙って耳を傾ける。

シロウのメガネに病室の灯りが反射し、冷たく光った。


「ただし……ごく稀に、この世界には“別の世界から来た人間”が現れる。こちらではそれを“異端者”と呼ぶ」


“異端者”。

その言葉が、悠人の胸に妙な引っかかりを残す。


「ある日、こんな噂が流れました――この世界の中心である“コア”を破壊すれば、体内に埋め込まれた機械に電撃が走り、“現実に戻れる”と」


シロウの声がさらに低くなる。


「その噂を信じて、体にガジェットを埋め込み、動き出した連中がいる。――“サイバーヴァンプ”と呼ばれる組織です。

奴らの中には、我々サイバー部隊を襲い、殺害し、奪ったガジェットでさらに強化を繰り返す者も存在する」


悠人は思わず息を呑む。

だが、シロウの話はさらに核心に近づいていった。


「本題に戻ろう――一ヶ月前、サイバーヴァンプが“コア”を破壊しに襲撃を仕掛けたのです。

奴らは“血”を燃料とする存在。その戦闘は苛烈で、戦況は完全に押されていました。我々はコア一歩手前まで許してしまった」


シロウは一度言葉を区切り、悠人をまっすぐ見た。


「――その時だ。大きな閃光が走った。戦場全体を飲み込むほどの光が――光が消えた後、ユウトくんとサイバーヴァンプのボス、カイロが倒れていた」


戦況は苛烈で、サイバーヴァンプも長く戦闘を続けられなかった。

仲間たちは戦略的に撤退し、カイロだけを残して退いたのだ。


カイロは目覚めることなく牢に幽閉され、悠人も体の調査を受けたが、体内のガジェットは見つからなかった。

結局、悠人は病室で保護観察のような状態に置かれることになった。


――そして、実は君とカイロ、二人とも昨日目を覚まし、どうやら二人とも記憶喪失のようだ。


シロウは微かに笑みを浮かべ、興味深そうに話を続けた。


カレンが眉をひそめ、声を上げた。

「おいシロウ、こいつ、嘘ついてる可能性はないのか?」


シロウは淡々と答える。

「いや、これは明らかに記憶喪失ですね」


悠人はその言葉に、少し気持ちを整理した。


――そうか、俺以外にもこの世界に入り込んでいる奴がいるのか。でも、“異端者”と呼ばれるくらいじゃ、前の世界から来たなんて言えないな。


悠人は肩をすくめ、口を開いた。

「いやー、とりあえず昨日は殺されるかと思いましたよ……」


カレンは眉を上げ、淡々と言った。

「我々はただ話を聞きに来ただけだ。殺されると思って勝手に逃げたのは貴様だろう」


――ああ、そうだった。俺の苦い記憶のせいで、勝手に逃げたのは俺自身だった。


カレンは続ける。

「ただ、貴様がどういうトリックで、あそこのセキュリティロックを外し逃げたのかは知らないけどな」


悠人は言葉を飲み込み、心の中で思った。

――この能力は、俺だけのものなのか。

面倒ごとには巻き込まれたくない――そう思い、敢えてその能力については口をつぐんだ。


カレンがゆっくりと声を上げる。

「と言っても、貴様の容疑が晴れたわけではない。容疑が晴れるまでは、今日からGPS付きの腕輪をはめてもらう」


悠人は思わず後ずさり、目を丸くした。

「マジかよ……」


カレンは無表情のまま続ける。

「もし不審な行動をしたり、壊して取り外そうとした場合――爆発する」


その言葉に悠人は体を硬直させる。

「……え、マジで?」


すると背後から軽い笑い声が聞こえた。

「災難だね、ユウトくん」


振り返ると、シロウが肩をすくめて笑っている。

「これはね、僕が開発したんだよ」と言いながら、悠人の腕にGPS腕輪を取り付けた。


横で見ていたユウトが小声で心配そうに尋ねる。

「誤作動とか起こさないよね……?」


シロウは軽く笑い、肩をすくめた。

「多分、大丈夫だと思うよ」


「多分って……なんだよ」と心の中で突っ込みつつも、ここから退院できそうなのはそれしかなさそうだと悟り、悠人は渋々承諾した。


受付を済ませ、外に出ると、目の前に小さな影が見えた。


「お兄ちゃん!」


泣きながら抱きついてくる、短髪で元気な可愛い女の子。悠人の胸にその体温と安心感がじんわり伝わる。


――転生して、初めて心の底から嬉しいと思った瞬間だった。


――よし、ここからだ。新しい日常が、始まるんだな。

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