純粋

 ゼノは細い路地に入っていった。


 そこには、一人の少年がいた。ぼんやりと壁に背を預けている。

 少年は光を失った目でゼノを見た。

「……お兄さん、誰?」

「ゼノ」

「はは、そういう意味じゃないよ。」

 少年はゼノに一歩近付いた。


「お前の夢は何だ?」

「夢?……まずは、美味しいご飯をお腹いっぱい食べることかなぁ。」

「そうか。」

 ゼノは少年の目を見た。

「お前の名は?」

「……ルイ。」

「ルイ、私に着いて来い。夢が叶う。」

「えっ、本当?お兄さんに着いて行くよ!」

 ルイは目を輝かせた。


 ゼノはとりあえず適当な定食屋に入った。

「好きなものを頼め。」

「えぇ……じゃあこれ。」

 ルイが指さしたのはハンバーグ定食だった。

「分かった。」

 ゼノは焼き魚定食を頼んだ。


「いただきます。」

 少年が一口食べた。みるみる顔が明るくなっていく。

「お兄さん、これすっごく美味しい!人生で一番幸せ!」

「そうか。」

 その顔を見るのは苦ではなく、口元がほんのわずか緩んでいた。


 やがてゼノとルイは定食屋を出た。

「お兄さんありがとう!夢が叶うってとっても嬉しいんだね……!お腹いっぱい食べれるってこんなにも幸せなことなんだね!」

「そうだな。」

 ゼノはルイの目を見つめ返した。


「ルイ、お前はどんな景色が見たい?」

「えー?僕ね、お祭りって言うのが見たい!友達のおじさんが言っていたんだけどね、にぎやかで、楽しいんだって!そのおじさん、死んじゃったけど。」

「祭りなら今からでも見に行けるが。」

 ルイは首を振った。

「僕、体が弱いんだ。だからあんまり遠くには行けない。」

 ルイは弱々しく笑った。

「……ルイは今何歳だ?」

「分かんない。でも、5年は経ってるよ。」

 ルイはうつむいた。

「僕はずっと孤児で、本当はご飯があるだけでも幸せなことなんだ。これ以上良いことがあったら、どんな不幸が待ってるのか、って怖くなっちゃう。」

 ルイの目から光が消えた。

「……そうか。では、1週間だけルイと一緒にいてもいいか?」

「いいよ。それくらいなら。」


 ゼノは、ここでルイを医者に見せることもできた。しかしそうしなかったのは、『死』の運命を変えることは許されないと知っていたからだ。



 それから3日後、ルイが血を吐いた。ゼノは医者のもとへ連れて行った。そして、ベッドに寝かせた。


 ルイが咳き込む。体温が急激に下がっていた。


「お兄さん、僕すごく眠いなぁ。寝てもいい?ここって安全?」

「ああ。」

 ゼノはルイの手を握った。


残光イリュージョン

 景色が変わった。


 ゼノとルイは、海を見ていた。広くて、青くて、空との境界線が滲んでいて、綺麗だと思った。


 ああそうか、この少年は海が見たかったのだ。


 ルイはきらきらとした目で海を見ていた。


「……友達だったおじさんにね、海ってすっごく広くて、青くて、見てると気分が良いんだって教えてもらったの。その通りだね!」


 景色が消えた。しかし、残像が青い。


 ルイが瞼を半分閉じていた。

「お兄さん、ありがとう。お兄さんの魔法って、素敵だね!お兄さんの夢も、叶うと良いね。」

 ゼノははっとした。私の夢。私の見たい景色は何なのだろう。

「……ルイ。安らかに眠れ。」

 ルイは頷いて、瞼を完全に閉じた。



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