燃える

 それからもゼノの旅は続いた。何百年も各国を渡り歩き、数えきれない人の最期を見送った。そのぶん景色を見た。

 ゼノは少しずつ力を失っていった。この力を授けられたときは永遠だと思っていたのに、どんどん体力が衰えていった。背格好はそのままだった。


 いつからだろうか、とゼノはふと思う。いつから、この容姿で自分の時が止まってしまったのか。ゼノはもう覚えていなかった。


 ゼノはいつの間にか荒野にいた。前も後ろも、右も左も同じ景色が続いている。空はやはり、曇っていた。


 このときも冬だった。びゅうと吹いてくる風が冷たい。こんな感覚はゼノにとって久しぶりだった。


 やがてゼノは荒野の真ん中で膝をついた。手が震えている。ああ、今まで見送ってきた人たちもこんな気持ちだったのだろうかとゼノはぼんやりと思った。


 景色が変わった後の人々の表情を思い描く。ゼノは相手に死の恐怖を与える存在だったというのに、最期は誰だってゼノに微笑んでくれた。ゼノはそれがなぜか分からない。


 そろそろ火が消える。ゼノの命の灯が。人間だと胸を張って言えないこの体が、もうすぐ朽ちていく。


 ゼノは一人だった。どこまでも孤独で、でも辛くはなかった。それなのに、今だけは感じたことのない感情が芽生えている。胸を押さえた。


 どうせ最期なら。どうせ最期なら、賭けでもしてみようか。

 あの魔法が、自分にも通用するのかどうか。


 ゼノは目を閉じた。

「……残光イリュージョン

 ゼノは目を開けた。なんだ、何も変わらないじゃないかと思って、次の瞬間には目を見開いた。それは、忘れ去っていた記憶。


「ゼノ?どうしたの?」

 華奢な女性が振り向く。

「ゼノ、そこでぼんやり立ってどうしたんだよ。さては、昨日の魔力検査が悪かったんだな?気に病むなよ、俺が小さいときなんか何も表示されなかったからな!」

「自慢みたいに言うなよ!」

「でも俺は好きだぜ、人が死ぬときに見たい景色を映し出す魔法。」

 景色が変わっていた。店のような場所に、酒樽を持った男たちが豪快に笑って座っている。


「あ……」

 記憶がよみがえる。そうだ、母と常連客だ。どこか懐かしい気持ちになる。


 また景色が変わった。

「ゼノ、お前天才だよ!私はこの年でこんなに早く魔法が使えなかったよ。」

「さすがミレイさんの息子だ!」

「でしょ?」

「お前誰だよ!」

「はははっ!」

 自分の周りに人が集まり、わいわいと騒ぐ。でも嫌ではなかった。嬉しかったのかもしれない。


 さらに景色が変わる。

 目の前は、赤で染まっていた。ごうという、炎が燃える音。

 冬だった。


「母さん……?アルバート……ミシェルも!」

 炎の下には、人が死んだ目をして倒れていた。かすかに息はあるのか、ないのか。


「ねえ……ねえ!返事をしてよ!」

 炎の音だけが響く。ひゅうっとそばで息を吸う音がした。


「ゼノ……」

 母さん、と呼ぶ自分の声が情けない。

「ゼノ、逃げて。もう、ここはダメだわ。行きなさい。」

「でも……!」

「生きなさい!」

 渾身の力を振り絞って母が言った。


「……俺も、ゼノといれて楽しかった」

「守ってやれなくて、ごめんな。」

「愛してるわ」

 自分の視界が傾く。滲んで、揺れる。


 ごめんなさい、と細く、震えた声がした。ゼノだった。

 ごめんなさい、俺に治癒魔法が使えたなら、もっと早く帰ってきてたら、ごめんなさい、ごめんなさい。


 ゼノは一歩、二歩と後ろに下がった。

 せめて、せめて最後にできるのは。


「……残光イリュージョン!」

 かすかな光が炎を遮る。やがて、ゼノの前に目に追えない速さでたくさんの走馬灯、いや誰かが見たかった景色が流れた。


「あ……あああああああああああ!」

 ゼノが叫ぶ。これは、忘れられなくて、忘れたくなかった記憶。


 体がふわっと浮いた。


「ゼノ?」

「おいゼノ、大丈夫か?」


 顔を上げると、夕食の準備をしていた母と、常連の仲間のアルバート、アイリーンも。


「もー、悪い夢を見たみたいな顔しちゃって。」

「今日もたくさん食って大きくなれよ!」


 頭を撫でられる。悪い夢。そうか、悪い夢だ。


 みんなが笑顔で、笑い声が絶えなくて、ああ、そうだ。

 私は、みんなと笑顔で一緒にいたかったんだ。


 なぜ触れられるのかも、こんなにも夢が長く続いているのかも分からない。でも、目から涙が溢れる。


「え、マジでどうした!?」

「大丈夫か?」

「……ごめんなさい、ごめんなさいっ……!」

 ゼノは涙を拭う。


「俺が、俺のせいでみんなは……!」

「いいんだよ、そんなこと。」

「ゼノのせいじゃないよ。」

「ありがとうな、最期に俺たちに魔法使ってくれて。」

「貴方が生きてくれてよかった。」


 たくさんのあたたかい言葉。みんなの笑顔。



 ああ、そうだ。私が見たかったのは、この景色だ。


 ゼノは輪に飛び込んでいく。

 後ろ姿と景色を隠すように、炎が燃えた。


 ゼノはもう目を開かない。でも、その表情は、幸せで満ちていた。


 遠くの山に、鳥の一声が響いた。











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幻の願い 雨宮 叶月 @bluerose-bukkowasiteyaru

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