思い出

 辺りは暗闇に包まれているはずが、そこのざわざわとした賑わいがそんなことを忘れさせていた。


 ゼノは華やかな街を通り抜け、少し静かになったバーに入った。季節に合わない風鈴が音を立てる。


「あら、いらっしゃい。」

「カクテルを一つ、水割りで。」

「了解。」

 マスターと思われる人物が微笑んだ。


 ゼノのほかに客は3人程しかいなかった。しかし、ここに顔を出したのが初めてだからか凝視されていた。


「はい、カクテル1つ。」

「ありがとう。」


 ゼノはカクテルに口を付けると、マスターに話しかけた。

「この店はいつからやっているんだ?」

「そうね……私が30の時だから、10年は超えているわね。」

 マスターはふふ、と笑った。


「お兄さん、マスターは昔すっごく綺麗だったんだよ!」

 酔った客の一人が話しかけてきた。


「すぐそこで踊り子として人気を集めててねぇ、行く人みんな足を止めて見入ってたよ!」

「今も綺麗と言いなさいよ。」


「……そうなのか。」

 ゼノは適当に相槌を打った。

「俺も見入っちゃってさぁ、それが忘れられなくて今もここに通ってんの!マスターの作るお酒がいつも楽しみで。」

「それ80回は聞いたわ。」

 マスターがため息をつく。

「そろそろ帰りなさいよ。娘さんが待っているのでしょう?」

「そうだよ!お前にも見せたいくらいだよ、めっちゃ可愛いんだよ俺の娘。」

「もう黙って帰れ!」

 連れらしき人物に引きずられて店を出ていった。


「そういえばマスター、一回消えたって噂になってからまた戻ってきましたよね。黄金の期間なんて言われてましたが。」

「そうね……黄金の期間なんてダサいから嫌だわ。」

「ですよね。」

 別の客とマスターが顔を見合わせて笑った。


「いつも来てくれてありがとうございます。そろそろこのバーも閉めようかと思っているんです。」

「えぇ!?どうしてですか!?」

 ゼノはカクテルを飲みながら話に耳を傾ける。


「……まあ、長らくやってきたし、そろそろ引き際かと思ったの。」

「……マスターがそう言うなら引き止められませんね。」


 やがてその男も帰っていった。


「あら、貴方は帰らないの?」

 ゼノが答えようとした瞬間、マスターが目を伏せながら言った。

「貴方、死神でしょう。」

「違う」


 いやでも死神のようなものかもしれない、と少しだけ思いが揺れた。

「違うの?ごめんなさいね。」

「いや……私は貴方の最期を見届けに来た者だ」

「死神じゃないの」

「違う」



 □

 店が終わり、着いて来いと言われた先には家があった。入れと促される。


「私はリリーよ。貴方は?」

「ゼノだ。」

「ゼノ、私店をやめるのは引き際だと思ったから、と言ったでしょう。でも本当は違うの。……持病よ。もう余命わずかなの。だからなのかしら、貴方が入ってきた瞬間、何か違う雰囲気を感じたの。」

「そうか。」


 ゼノはリリーに聞いた。

「最後の瞬間には、どんな景色が見たい?」

 リリーの瞳が揺らいだ。


「……それは、答えなければならないの?」

「いや、別に。」

 聞いたところで何かが変わるわけではない。最後の景色はその者の本心が映し出されるのであって、ゼノが景色をイメージわけではない。ただ話すことがないからそう聞くだけだ。


「ところでゼノ、貴方今夜泊まる場所あるの?」

「ないが私に睡眠は必要ない。」

「そう。」


 ゼノは暗闇の中外を歩いた。


 □

 やがてぴったり1週間が経った。ゼノはリリーに連れられ、森を抜けた。

 歩きながらリリーは目を伏せて話す。


「私は昔、踊り子だったと聞いたでしょう?それで、一回消えたという噂があったって。……私には、愛する人がいたの。」

「そうか」

 ゼノは太陽の光に目を細めながら聞いた。

「私を女ではなく一人の人間として見てくれた人だった。華やかな街で生きていた私にとって、すごく嬉しかったの。……夢を見ていたわ。私とあの人は、逃げ出した。」

「…………。」

「短い間だったけれど、二人で身を隠して暮らして。あの人は、私が作ったお酒がおいしいって笑ってくれて。……追手はすぐそこまで来ていたわ。でも、私に向けられた矢が、あの人に刺さった。」

「……そうか」

「あの人は、貴方と一緒に暮らせて楽しかった、とかごめんなさい、ありがとう、とか言って。……生きろって!」

「…………。」

「あの人は連れて行かれたわ。戻ってこなかった。でも。」

 リリーが立ち止まった。ゼノは顔を上げた。


 一面が、紫色に染まっていた。たくさんの花が咲き乱れて、溢れていた。


「あの人と過ごしたこの場所で、最後は死ぬって決めてるの!」

 リリーは純粋な笑顔で微笑んだ。


「……残光イリュージョン

 ゼノは小さな声で呟いた。


 暖かな光が放たれる。


 ゼノはいつの間にか花畑の中心にいた。リリーはもう少し先にいる。

 そしてさらに向こうに、一人の男が腕を広げて立っていた。


「……シリウス?」

 その男が振り返る。手には花束を持っていた。そしてリリーに微笑んで手を差し伸べる。

「シリウス……!」


 リリーが男に駆け寄っていく。リリーが花束を受け取ろうと手を伸ばそうとして、前に倒れた。


 景色が変わる。


 リリーが花に囲まれていた。息をしていなかった。

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