幕間(三)

 シャッター通りの中で唯一営業を続けている電気屋の一日は意外と長い。午前一〇時から午後八時まで、滅多に客も来ないのに律儀に店を開け続けている。店番の少女は暇を持て余した果てに、大して興味もないバラエティ番組をぼんやり眺め、たまに掃除や洗濯を行うのが日課になっていた。店主が仕事以外に興味を持たない駄目男ということもあり、放っておけないと思っているうちにここまで来てしまったのだ。今更ここから出ていくつもりもないし、私が出ていけばあの男の生活は破綻するだろう。

 我ながら、男を見る目は壊滅的だと思う。その自覚はある。

『あれ、何でしたかね。可愛らしい曲の割には曲名の方が物騒なやつ……』

『お前さん。それは、犬踏んじゃっただろう?』

『猫踏んじゃった、だよそれは! 犬を踏んだら噛まれるだろう?』

『猫を踏んでも引っかかれる。俺たち無事じゃいられないね〜』

「ハッハッハ。……それが何だって言うのさ」

 あまりにも馬鹿馬鹿しい漫才トリオのトークに思わず笑ってしまうが、トリオの切羽詰まった顔を見ると急激に冷めてしまった。司会者に無茶振りされて慌てて面白いことを言わされ、実際に笑えるようなことを言っているが当の本人たちが笑っていない。面白いことを言わなければ、という焦りがこちらに伝わってくるようでは難しいだろう。

 冷めた気持ちのままテレビを消すと、黒くなった画面には少しデザインの古いジャージを着た女のどうしようもない姿が映っていた。高校のジャージを買ったのは何年前のことだったか、一応覚えているが思い出したくはない。ジャージを買ってから一度も高校に行かなかったことだけは確かだ。本当は姉のお下がりの赤色のジャージをもらう予定だったが、学年によってジャージが違うということで紫色のものを買わなければならなかったのが、高校に行かなくなった原因の一つかもしれなかった。最初のうちは色の違いくらい何よ、と思っていたけど、今のなっては私も赤色のジャージが欲しかった。姉が先に卒業した後に、赤色のジャージが欲しいとも言い出せなかった。言える関係ではなかったから。

それも、今では殆ど思い出すことのない遠い過去との記憶の一ページに過ぎないのだけれども。今はそれで良かった。あの店主を支えながら過ごすという奇妙にも思える毎日は、過去にも未来にも属さず、今を生きる感覚を与えてくれるものだから。

 テレビの前からカウンターの奥に向かうと、そこは小さな和室になっている。そこには立派な仏壇が置いてあった。それが店番の少女と店主を繋ぐものだった。仏壇の近くには少女の姉が映った写真が飾られている。この写真は、少女が店主と初めて会った時に手渡されたものでもあった。

「君の姉さんは、僕に凄く優しかったんだよ。ありえないくらいにね」

 それから奇妙な同居が始まって、店主の裏の仕事を受け入れて今にも至る。姉が店主を支えたように、今度は私が支えないとあの人は倒れてしまうだろう。その確信がある。

 あの人との関係を問われることもないだろうが、自分に問いかけて見たとき、最初のうちは答えが出てこなかった。でも、今なら答えられる。あの人と姉さんは、多分恋人同士だったと思う。では、私とあの人は? ……多分、答えは家族だ。

 血も繋がっていないけれど、離れて暮らすには惜しい。あの人は、そんな人だから。


 今日来たお客さんに、そういう家族と言える人はいるのだろうか。

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