第4話 名も知らぬ街
夜の酒場。
今夜も仕事を終えた男たちが噂話をあてに飲み交わしている。
なけなしの銅貨を握りして、タカシもその場にいた。
「……南門の荒地、領主様が目をつけてるらしいな」
「聞いた聞いた。城壁拡張の噂も本当っぽいな」
「城壁の内側の土地となりゃ高く売れる。今のうちに買っときゃ儲かるぞ……」
さりげなく、しかし確実に。
タカシは”城壁拡張=土地高騰”という空気を広めていた。
◆
翌朝、タカシは一つ目の商会の門を叩いた。
石造りの屋敷、重厚な内装。
案内された応接室で、商会の担当者が羽ペンを持ったままこちらを見ていた。
「……南門外れの土地、ですか」
「はい。亡くなった祖父の所有地でして」
タカシは控えめに語りながら、懐から羊皮紙を差し出す。
「領主様がこのあたりに関心をお持ちだと聞きまして。城壁拡張の噂もあるとか。売却するなら今が良いのでしょうが、私は港町ポーサイトに住んでおり…。仕事がありますので、明日にはこの街をたちたいのです」
「売却をお急ぎということですね?」
「ええ……時間がありませんので、相場より多少安くとも、即決していただける方を探していまして」
商会の担当者が羊皮紙を受け取り、じっくり目を通す。
――タカシが一生懸命に作成した偽造書類。
固唾を飲んで相手のリアクション待つ。
担当者は軽く息を吐いた。
「ですが、この場で即断は難しいですね……。城壁拡張や領主様の動きが確実になる前に踏み出すのは、ややリスクが――」
タカシは表情を変えず、あえて黙って待った。
沈黙の中、担当者が顔を上げる。
(来るか……!)
「……では、金貨千枚でいかがでしょうか。こちらも即決となると、ある程度のリスクを負うことになりますので」
一瞬、タカシの瞼が震えた。
だがすぐに、唇を噛んだふりをして渋い顔を作る。
「……千枚、ですか。さすがに……。いえ、確かに急いでいるとはいえ……」
目線を外し、しばし沈黙。
担当者の眉がピクリと動いたのを見逃さず、タカシは小さく頷いた。
「……わかりました。明日には出立せねばなりませんし、交渉の余地はないと見て、承諾しましょう」
羽ペンが走り、契約成立。
権利証を担当者に渡すと、タカシの眼前に金貨千枚が積み上がった。
◆
その夜。
タカシは門番の退勤時間ぎりぎりに城下町を後にした。
背負ったバックパックは膨れ上がり、歩くたびにジャラジャラと金貨の音を立てる。
金貨五千枚。
偽の祖父の土地、偽の権利証、偽のタイムリミット。
すべてを信じた“愚か者が5人”いた――。
自分が所有してもいない土地を、30人ほどに売り込んで、5人に売却することに成功。
まともな会社員なら信じるはずのない儲け話だが、この世界の商人のリテラシーはまだまだのようだ。
一人騙せれば良いと考えていたが、5人も釣れてしまった。
次の目的地は、冒険者の街・サヴァ。
力と実績が支配する土地。
だが、タカシは武器もスキルも持たない。
あるのは、現金だけ――それで十分だ。
背中の金貨が、ずしりと未来の重みを語っていた。
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