第4話 名も知らぬ街

夜の酒場。

 今夜も仕事を終えた男たちが噂話をあてに飲み交わしている。

なけなしの銅貨を握りして、タカシもその場にいた。


「……南門の荒地、領主様が目をつけてるらしいな」

「聞いた聞いた。城壁拡張の噂も本当っぽいな」

「城壁の内側の土地となりゃ高く売れる。今のうちに買っときゃ儲かるぞ……」


 さりげなく、しかし確実に。

 タカシは”城壁拡張=土地高騰”という空気を広めていた。



 翌朝、タカシは一つ目の商会の門を叩いた。

 石造りの屋敷、重厚な内装。

 案内された応接室で、商会の担当者が羽ペンを持ったままこちらを見ていた。


「……南門外れの土地、ですか」

「はい。亡くなった祖父の所有地でして」

 タカシは控えめに語りながら、懐から羊皮紙を差し出す。

「領主様がこのあたりに関心をお持ちだと聞きまして。城壁拡張の噂もあるとか。売却するなら今が良いのでしょうが、私は港町ポーサイトに住んでおり…。仕事がありますので、明日にはこの街をたちたいのです」


「売却をお急ぎということですね?」


「ええ……時間がありませんので、相場より多少安くとも、即決していただける方を探していまして」


 商会の担当者が羊皮紙を受け取り、じっくり目を通す。

 ――タカシが一生懸命に作成した偽造書類。

 固唾を飲んで相手のリアクション待つ。


 担当者は軽く息を吐いた。

「ですが、この場で即断は難しいですね……。城壁拡張や領主様の動きが確実になる前に踏み出すのは、ややリスクが――」


 タカシは表情を変えず、あえて黙って待った。

 沈黙の中、担当者が顔を上げる。


(来るか……!)


「……では、金貨千枚でいかがでしょうか。こちらも即決となると、ある程度のリスクを負うことになりますので」


 一瞬、タカシの瞼が震えた。

 だがすぐに、唇を噛んだふりをして渋い顔を作る。


「……千枚、ですか。さすがに……。いえ、確かに急いでいるとはいえ……」

 目線を外し、しばし沈黙。


 担当者の眉がピクリと動いたのを見逃さず、タカシは小さく頷いた。

「……わかりました。明日には出立せねばなりませんし、交渉の余地はないと見て、承諾しましょう」


 羽ペンが走り、契約成立。

 権利証を担当者に渡すと、タカシの眼前に金貨千枚が積み上がった。




 その夜。

 タカシは門番の退勤時間ぎりぎりに城下町を後にした。

 背負ったバックパックは膨れ上がり、歩くたびにジャラジャラと金貨の音を立てる。


 金貨五千枚。


 偽の祖父の土地、偽の権利証、偽のタイムリミット。

 すべてを信じた“愚か者が5人”いた――。


 自分が所有してもいない土地を、30人ほどに売り込んで、5人に売却することに成功。


 まともな会社員なら信じるはずのない儲け話だが、この世界の商人のリテラシーはまだまだのようだ。

 一人騙せれば良いと考えていたが、5人も釣れてしまった。


 

次の目的地は、冒険者の街・サヴァ。

 力と実績が支配する土地。


 だが、タカシは武器もスキルも持たない。

 あるのは、現金だけ――それで十分だ。


 背中の金貨が、ずしりと未来の重みを語っていた。

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