冒険者の街サヴァ

第5話 冒険者になるために

 冒険者の街、サヴァ。


 石畳の大通りには武装した男女が闊歩し、角付きの魔獣を引いた荷車が砂煙を上げる。

 酒場からは笑い声と怒号が入り混じり、街の外れには訓練場や何かの研究所らしき建物も見えた。



「やっと異世界生活らしくなってきたぜ!!」


 そう呟きながら、タカシは人々の流れに従って歩き始めた。

 目的地は冒険者ギルド。



 石造りのギルド本部は巨大だった。

 掲示板には依頼がぎっしりと並び、剣を背負った冒険者たちが喧々囂々と情報を交わしている。


 タカシは受付カウンターに向かった。

カウンターに立っていたのは、小柄な女性だった。

 肩までのふわふわ金髪に、リボンで結んだサイドの三つ編みがちょこんと揺れている。

 白とベージュを基調とした制服の上から、赤い小さなケープがかけられ、まるで童話の挿絵から抜け出したような佇まいだった。

 こちらに気づき、微笑む。

「冒険者登録をご希望ですか?」

声もほんのり甘く、笑うと目尻がふにゃっと垂れて、まるで子犬のようだった。

 タカシは一瞬、自分が間違えてメルヘン雑貨店にでも入ったかと錯覚しかけた。


「……あ、はい。えっと、俺……その、ちょっと特殊な事情があって」

なんと説明したものか。あまりに予備知識が無さすぎるので、いろいろ教えてもらいたいのだが。

『実は異世界転生したみたいで』なんて言ったら不審者扱いされるだろう。


「もしかして、異世界からいらした方ですね?」


 タカシの目が見開く。

「なんでわかるんです?」

「雰囲気で。時々、そういう方、来られますから」


 軽く言われたが、タカシにとっては衝撃だった。

 自分だけが特別なのではなく、異世界から来た者が他にもいる。

 しかも、それが“常識”として認知されている。


「……そんなに、よくあることなんですか?」

「まあ、年に数人ほど。珍しいですが、いないわけじゃありません」

 

「では、さっそく冒険者登録を済ませてしまいましょう」

彼女は慣れた手つきで用紙を取り出した。


 「改めまして、私はミーナ・クレストと申します。よろしくお願いしますね」


 ぺこりと深々お辞儀する姿はとても愛らしいが、次の瞬間にはさらさらと羽ペンを走らせていく。

 その動作は手慣れていて、意外なほどにキビキビとしていた。

「お名前を教えてください」


「タカシです」

「タカシさんですね。登録には銀貨五枚か、推薦状が必要です」


 タカシは即座に銀貨を渡す。

異世界に来た日には、街に入る為の銀貨一枚が払えなかったのが懐かしい。


 書類の作成を終えると、彼女は冒険者とギルドについてひと通り説明してくれた。

 冒険者ランクは下から順に――

• 白銅級(初心者)

• 鉄級(一般)

• 青銅級(経験者)

• 銀級(実力者)

• 金級(上級)

• 黒曜級(精鋭)

• 紅蓮級(国家戦力)

• 神話級(もはや伝説)


「白銅級から始めて、依頼をこなすことで実績が認められ、昇格していきます」

「なるほど……ランクが上がれば、より稼げるってことですね」

「ええ、ただし命の危険も上がりますが」


 受付嬢が小さく笑う。

 冗談めかしてはいたが、彼女の目は真剣だった。


ギルドの登録を終えたタカシは、身分証にもなるという冒険者カードを受け取ると、ぽつりと訊ねた。


「……この街って、強い冒険者とか、やっぱりいるんですか?」


 すると受付のミーナ――ふわふわ金髪の少女が、ぱぁっと目を輝かせた。


「いますとも〜っ! めっちゃかっこいい人たちがたくさんなのですっ!」


 勢いよく身を乗り出すその様子に、タカシは思わず一歩下がる。

 

 ミーナは羊皮紙の裏面に小さな羽ペンでちまちまと人物名を書きながら、夢中で話し始めた。


【1】黒曜級冒険者バルザック・ドローム


「まずはこの街で一番強いのは、黒曜級の《バルザックさん》ですね〜! “鉄山砕き”の二つ名を持つ斧使いさんなのです」

「……なんか名前からして強そうだな」

「元鉱山奴隷だったのが、自力で解放されて、そのままドラゴンを素手で殴って倒して冒険者になったすっごい人なんですよ〜!」


(……なんか、もう設定盛りすぎでは……?)




【2】銀級冒険者パーティー《双閃のレヴェナント》


「続いては《双閃のレヴェナント》さん! 双子の美剣士で、めちゃくちゃ人気ですっ!」

「……双子?」

「はい〜。兄がクールで、妹がツンデレっていう……あっ、あの、キャラ付けとかじゃなくて実際そうなんですよ!」

「キャラの立った方達なんですね…」



【3】紅蓮級冒険者レオナ・フレイムロード


「あと〜、サヴァには今いないけど、ちょこちょこうちのギルドにも来るのが《レオナ・フレイムロード》さんです!」

「紅蓮級って、国家戦力級というやつですか?」

「ですですっ! 炎を纏って空を飛ぶんですよ〜! 飛ぶ災害って呼ばれてて、本人は気にしてないって言ってました」

「……」

「私、ファンなんです!」



【4】世界を巡るオリハルコン級パーティー《暁の輪(リング・オブ・ドーン)》


「世界的に有名なのは〜、《暁の輪(リング・オブ・ドーン)》さんたちですね!」

「名前、かっこいいですね」

「五大大陸を全部踏破して、世界樹の塔を三階層も突破してるんですっ!」

「(世界樹の塔ってなに!?)」



【5】神話級冒険者ジェラルド・ヴァン=エテルナ


「で、最後が……えへへ……みんな大好き、神話級の《ジェラルド様》ですっっ!」

「“様”ついちゃってるけど」

「人間としての限界を超えて、神霊と契約して天空を焼き払ったことがあるんです!」

「なにそれ!?ミーナさん何言ってるの!?」



 タカシはやや引き気味になりながらも、メモ帳の片隅に全員の名前を書き込んでみた。

 それにしても、明らかに規格外な連中ばかりだ。

 なんだか自信がなくなってきた。


「えっと……冒険者ってすごいですね……僕、本当に冒険者なんて、やれるのかなって…自信なくなりました…」


 ミーナは少し首をかしげる。


「冒険者になるって、簡単じゃないです。いのちがけですから。

でも、きっと楽しいですよ。自由で、自分の力で生きていく仕事ですから」


「自由……ですか」


「はい。好きな時に好きな場所へ行けて、好きなことに挑戦できる。……もちろん危険もあります。でも、冒険者として成功した時の社会的地位や報酬は青天井なんです!」


ミーナは手元の資料を閉じて、少しだけ真剣な表情になった。


「……私、昔、冒険者に助けられたことがあるんです。家族が病気で困っていたとき、薬草を探して山に入って──魔物に襲われました。でも、ある冒険者の方が助けてくれて……」


「……!」


「そのとき思ったんです。ああ、冒険者って、すごいなって。誰かの絶望の中に現れて、光をくれる仕事なんだって」


タカシは、しばらく言葉を失ったままミーナを見つめた。


「……僕も、そうなれるでしょうか」


ミーナはふわりと笑った。


「なれるかどうかは、タカシさんが決めることです。大事なのは、なりたいと思うこと。――それが、冒険のはじまりですから」


その言葉が、タカシの胸に静かに染み込んでいく。


「……やってみたい。僕も、誰かの光になれるなら……」

何より、せっかく異世界に来たのだ。前世とは違う生き方をしてみたい!


タカシの言葉を聞いて、ミーナは少しだけ嬉しそうに目を細めた。


「でしたら、まずは最初の依頼を選びましょうか。タカシさんのレベルに合った、初心者向けの依頼をご紹介しますね♪」


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誰が相手でも金の力でぶっ倒す〜目指せ成り上がり冒険者〜 @blueholic

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