第3話 商業ギルド

 タカシは、街の中央広場に面した、重厚な石造りの建物に足を踏み入れた。

 「商業ギルド」と刻まれた看板が掲げられ、人々が行き交う賑やかな施設だ。

 交易、金融、そして不動産――街の経済を一手に担う組織だという。


 壁際の掲示板に張られた羊皮紙が目に入る。

「売地 南門外れ 畑として利用可能 広さ百区画 商業ギルド不動産部まで」


(あった……!)

この情報に辿り着くまで、町中を歩き回った。


 タカシは呼吸を整え、歩みを進めた。

 不動産部のカウンターにいたのは、三十代ほどの痩身の男。羽ペンを走らせながら、客を順に捌いている。


「失礼。領主様のご命令で参りました」


 タカシは背筋を伸ばし、淡々と告げた。声には確信を込める。

 男の手が止まる。


「領主様の……?」

「ええ。南門外れの土地について、追加で購入できる土地がないか確認を仰せつかっております」


 虚を突かれた担当者は、思わず眉をひそめた。タカシは少年の容姿で、上等な服を着ているわけでも無い。

だが、「領主の使い」と言われれば、無下には扱えない。

「……少々お待ちを」


 男は奥から数枚の羊皮紙を持って戻ってきた。

「南門外れの荒地は先日、我々から領主様へ正式に売却済みですが…」

「もちろん承知しております」


タカシはうなずく。ボロが出ないうちに鎌をかけてみることにした。

「その件については、市井の皆様の混乱を避けるため、城壁の拡張工事が始まるまでは、この情報が漏れないようにお願いしますね」


「それはもちろん。職員全員に徹底させています」

話がここまで及んで、職員は、タカシが領主の使いであることを疑わなくなっていた。


(噂は本当だったんだ…!)


「領主様はさらに周辺の土地を買い増す意向をお持ちです。そのために契約書と権利証を確認するよう、命を受けております」


 嘘は堂々と、迷いなく吐く。

 サラリーマン時代、数え切れないほど契約書を偽造し、顧客を丸め込んできた経験がここで活きた。


「確認、ですか……」

 担当者は少し迷った。だが「領主の意向」と聞かされれば無闇に断れない。

しかも、契約書は双方の署名がなければ効力がなく、権利証は相手に渡さなければ何の問題もない、


「閲覧だけなら問題ありません」

「勿論、閲覧だけで結構です。」


 差し出された羊皮紙の束を、タカシは受け取った。

 そこには地権者の名前、金額、土地の範囲、取引の条件が事細かに記されている。


(……これだ。この情報があれば…!)


 指でなぞり、記憶に刻み込む。

 一枚一枚、逃さず目を通す。

しばらくして、タカシは顔を上げた。


「ご協力感謝します。この条件であれば、領主様から予め伺っている購入希望の条件に合います。三日後に契約いたしますので、表の張り紙を剥がしていただくようお願いします」


「承知いたしました」


 担当者はもはや何も疑わなかった。

 タカシが丁寧に頭を下げてギルドを後にするとき、その胸の奥では冷たい汗が滲んでいた。

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