第2話 異世界厳しすぎ
タカシは、絶望のまま草原を歩き続けていた。
気づけば日は傾き、空は茜色に染まっている。腹の虫はとうに暴れ始め、喉は乾ききっていた。
「……水、飯……どこだよ……」
幸い、道らしき踏み跡を見つけ、足を引きずるようにして進んだ。やがて視界に石造りの城壁が見えてきた。塔があり、門があり、人々が列を作って出入りしている。
城下町――どうやら生き延びるための拠点にはたどり着けたらしい。
だが、門をくぐろうとした時。
「通行税、銀貨一枚だ」
槍を構えた門番が無表情に告げた。
「……ぎ、銀貨……?」
タカシのポケットをまさぐる。あるはずもない。居酒屋のレシートすら入っていない。
門番の視線が鋭くなる。
「払えないのか?」
「ま、待ってくれ! 俺、本当に……じ、事情があって……!」
通してもらえなければ餓死するかもしれない。だが門番の態度は冷たい。
そのとき、後ろに並んでいた老婆がため息をつき、タカシに銅貨を一枚差し出した。
「ぼうや、困っているんだろ。これで通してもらいな」
「……ありがとうございます……!」
老婆の優しさに救われ、タカシは城内へ転がり込んだ。
だが次の瞬間、鼻腔を刺激する香ばしい匂いに、彼の胃袋が悲鳴をあげる。
屋台の焼き串。パン屋の窯。酒場の扉から溢れる笑い声。
「……金が……金がなきゃ……」
異世界転生――確かにやり直しの舞台は与えられた。
だが何も持たず、スキルもなく、ただの少年の身では、パンの一つも買えない。
絶望の延長線上で、タカシの心に一つの考えが芽生える。
「とにかく生き延びないと…」
本格的に城下町に足を踏み入れたタカシは、まず呆然と立ち尽くした。
石畳の通り、立ち並ぶ木造の家々、通りを彩る看板。
「宿屋」「鍛冶屋」「薬草屋」……どれも中世ヨーロッパ風だが、妙に生活感があった。
宿屋の前では、旅人が宿代を「銅貨三枚」で支払っている。
薬草屋では「ポーション」と呼ばれる小瓶が「銀貨一枚」で並べられていた。
市場では主婦が「パン一斤、銅貨一枚」と値切り交渉をしている。
(……なるほど。銅貨が日常、銀貨がちょっとした贅沢、金貨は大きな取引……そんな感じか?)
耳を澄ませば、旅人たちの会話が聞こえる。
「南の森はオークが出るぞ」
「依頼を受けるならギルドだな」
「魔法の巻物なら競売場に行け」
(ギルド……依頼……巻物の競売……? ゲームかよ……いや、これがこっちの常識なんだな)
タカシは歩き回り、聞き耳を立て、露店の親父に「この街の掟」をそれとなく尋ねた。
どうやら、旅人や冒険者は 依頼をこなして報酬を得るのが普通らしい。
武器や魔法は高価。
魔法は、この世界の人間なら誰でもスクロールで習得可能で、オークションで落札のが主流。
サラリーマンは人の話に聞き耳を立てるのが得意なのだ。
「……働くしかねぇ、か」
人の良さそうな宿屋の親父に相談すると、街角で荷物運びや掃除といった日雇い仕事を紹介された。
ここはかなり活気のある大きな街のようだ。
雑多な仕事の日雇いはたまに募集があるようだ。
銅貨一枚で半日。
最初は靴磨き。革靴を持つ貴族風の若者に「下手くそ!」と怒鳴られ、足蹴にされながらも磨き続ける。
次の日は荷車の荷下ろし。背丈の合わぬ麻袋を必死に運び、腰を痛めながら銅貨を得た。
三日目は市場で呼び込み。「安いよ安いよ!」と声を張り上げて喉を潰した。
三日で得た銅貨は十枚。
パンと水で三日間はどうにか食いつないだが、常に空腹は残った。
夜は宿に泊まれず、納屋や橋の下で眠った。
寒さに震えながら、タカシは思った。
(……俺はまた、サラリーマン時代と同じだ。必死に働いて、雀の涙みたいな報酬で、生きのびるだけ……)
四日目の朝。
市場をぶらついていると、二人の商人の会話が耳に飛び込んできた。
「南門の外れの荒れ地、あそこに領主が目をつけたらしいぞ」
「まさか、あんな雑草だらけの空き地が? だが、確かに城壁を広げる計画は噂されてるな」
「周りの土地を早めに押さえておけば儲かるって話さ」
タカシの耳がピクリと動いた。
空き地。開発。儲かる。
それは、彼がサラリーマン時代に散々見てきた詐欺的な案件と同じ響きだった。
(……この世界も結局、人間の欲は変わらない。金になる話があれば飛びつく。なら――俺もやってやる)
タカシはその瞬間、腹をくくった。
荷物運びや靴磨きではなく、せっかく手に入れた2度目の人生を優雅に生きていきたい。
翌朝、タカシは南門外れの空き地に立っていた。
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