誰が相手でも金の力でぶっ倒す〜目指せ成り上がり冒険者〜

@blueholic

プロローグ

第1話 異世界転生ってこんな感じなの?

 四十五歳、職業はサラリーマン。

 肩書きだけは「課長」だが、実際には上からも下からも突き上げられる板挟み役。毎朝満員電車に揉まれ、昼は部下のフォロー、夜は上司の機嫌取り、深夜まで取引先との接待。家に帰れば妻子はすでに就寝済み、顔を合わせた時には「また残業?」「給料、増えないのに?」と言わんばかりの冷たい視線が飛んでくる。


 今日は付き合いの飲み会は無いが、まっすぐ家に帰る気も起きない。

安居酒屋でチューハイをあおり、思わずため息をついた。

「はぁ……俺の人生、どこで間違ったんだろうな」


 夢はとうに潰え、残ったのは借金と疲労と後悔だけ。

 少し飲みすぎたようだ。

足元も覚束ないまま横断歩道を渡った瞬間――。

 眩しいライト。轟音。ブレーキの悲鳴。


 意識は、そこで途切れた。


 ――次に目を開けたとき。


 広がっていたのは、見知らぬ草原だった。

 群青の空、澄み切った風。馬車が走り、剣を帯びた冒険者たちが行き交う。遠くには石造りの城壁が聳え立ち、まるで昔読んだ漫画や小説の異世界そのものだ。


「え……俺、死んだのか……?」


 慌てて自分の体を見下ろした。

 そこにあったのは、四十五歳のだらしない中年の肉体ではなく、華奢でしなやかな少年の身体だった。

 黒髪、十代半ばほどか。声変わりも済んでいない高い声が喉から漏れる。


「な、なんだこれ……子供の体……?」


 だが、驚きよりも先に胸をよぎったのは希望だった。

 ――異世界転生。少年の肉体。これが俗にいう「やり直し」かもしれない。

 タカシは震える声で口を開いた。


「ス、ステータス!」


 ……沈黙。


「メニュー! スキル! アイテムボックス!」


 ……沈黙。


 風が吹き抜け、草原の鳥が、彼を嘲笑うかのように飛び立っていった。


「……そんな、はず……ないだろ……」


 額に冷や汗がにじむ。

 どれだけ試しても、画面も、声も、祝福も現れない。

 タカシに与えられたのは、ただ若い肉体だけ。

 力も、知恵も、救済も――何ひとつなかった。


「俺には……なにも……ない……」


 少年の喉から洩れたのは、かすれた絶望の声。

 膝が崩れ、草原にうずくまる。


 異世界でのやり直し。

 それが夢物語でないことは確かなようだ。だが、英雄になる道も、栄光を掴む力も、タカシには与えられていなかった。


 空の青さが、やけに残酷に映った。


 ――タカシの冒険は、絶望から始まる。

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