第2話 犬は何でも知っている

 陽だまりの中で犬が眠っていた。僕はしゃがんで犬の側に寝そべり、彼をそっと抱き寄せた。

 犬の毛皮はちょっと湿っていて温かい。

 喉の奥で犬がちょっと鳴く。彼は抵抗しないので、僕はますますその毛並みにすがり付く。犬がため息をついて、言った。


「悲しいことでもあったのかね」

「べ」


 僕はびっくりして「別に」と言おうとしたところを「べ」で止まる。


「べ?」


 犬が繰り返す。彼は確かに人の言葉を喋っている。

 彼と喋れるなんて驚きだ。


「君と喋れたらなってずっと思ってた」


 僕はこの時を良く妄想していた。犬と喋る機会なんてそうないだろうから、予習をしていたのである。


「愛してるよ」


 喋れたら、一番に言おうとしていたことを僕は口にする。


「知ってた」


 犬が答える。ああ知ってたか。と僕は思う。はは、「知ってた」か。そうだね。

「愛してる」なんて、なんて陳腐な言葉にしなくても。

 僕は犬の鼻先に自分の鼻を擦り付けた。犬は、僕の頬に自分の頭を擦り付けた。

 それで良かった。良い昼下がりだと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る