第6部-第107章 母への贈り物

給料を手にして数日。

 浩一は財布を見つめながら考えていた。

 「せっかく働いて得たお金だ……何に使えばいいんだろう」


 これまで小遣いはすべて母に頼ってきた。

 だから、自分で自由に使えるお金を持つこと自体が、ほとんど初めての経験だった。


 だが、すぐに答えは浮かんだ。

 ――母に、何か贈り物をしたい。

 五十年間、支えてくれた母に、初めて自分から「ありがとう」を形にしたい。


 翌日、浩一は商店街に足を運んだ。

 普段は素通りしていた雑貨屋のショーウィンドウに、小さなストールが並んでいるのが目に入った。

 薄い水色の布地に花柄が施され、夏でも涼しげに身につけられそうだった。


 「これ、ください」

 会計のとき、財布から自分のお金を差し出す手が少し震えた。

 ――この重みが、働いた証なんだ。


 その夜、夕食のあとでストールを差し出した。

 「母さん、これ……俺からのプレゼント」


 母は驚いたように目を丸くした。

 「浩一、あんたが……私に?」

 「うん。働いてもらった給料で、初めて買ったんだ」


 母は震える手でストールを広げ、頬に当てた。

 「……きれいだね。涼しくて、軽くて……ありがとう、浩一」

 その目にはうっすら涙が浮かんでいた。


 「俺、これからもっと稼いで、母さんに色々してあげたい」

 そう言うと、母は首を振り、にっこり笑った。

 「贈り物も嬉しいけどね、一番嬉しいのは……浩一が変わってくれたことなんだよ」


 その言葉に胸が熱くなり、浩一は言葉を失った。

 五十歳にして初めて、自分が「誰かの喜びのために生きている」と実感できた瞬間だった。

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