第6部-第105章 施設からの正式な依頼
夏祭りの余韻がまだ残る数日後。
浩一はいつものように地域施設へ向かった。
玄関に入ると、西村が待っていたように声をかけてきた。
「浩一さん、ちょっといいですか?」
西村の表情は、どこか真剣だった。
事務室に通され、席に着くと、彼は少し間を置いてから切り出した。
「先日の夏祭り、本当に助かりました。住民の評判もよくて、自治会からも感謝されています」
「いえ、俺は……手伝っただけで」
「いえいえ。浩一さんがいなければ、あそこまで盛り上がらなかったでしょう」
そう言って、西村は一枚の書類を差し出した。
「実は、施設として浩一さんに“正式にお手伝い”をお願いできないかと考えているんです。もちろん、ボランティアではなく謝礼をお支払いします」
浩一は息をのんだ。
謝礼――つまり、それは「仕事」だ。
五十歳にして初めて、自分に向けられた職の依頼。
「お、俺が……ですか? 本当に?」
「はい。子ども向けのイベントや、日常的な雑務も含めて。浩一さんは人と接するのが苦手かもしれませんが、だからこそ丁寧にやっていただけるんじゃないかと」
胸の奥で、恐れと喜びがせめぎ合った。
失敗したらどうしよう。途中で投げ出したらどうしよう。
だが、それ以上に「頼られている」ことが心を強く揺さぶった。
浩一は拳を握りしめ、うなずいた。
「……やらせてください。できるかどうか分からないけど、やってみたいです」
西村の顔がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます! 一緒に頑張りましょう」
施設を出た帰り道、蝉の声がにぎやかに響いていた。
空は真夏の青さを見せている。
――五十歳の俺が、やっと「働く」ことを選んだ。
その一歩は、小さくても確かな未来への扉だった。
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