第4部-第26章 母の検査入院
年が明けてすぐ、母が病院から検査入院を勧められた。
先月の定期検診で血液の数値に異常が見つかったらしい。
「大したことじゃないって先生は言ってたけど、一週間くらい様子を見るって」
母は笑っていたが、その声にはかすかな震えがあった。
入院の日、朝早くから荷物をまとめる母を手伝った。
下着やタオル、湯飲み、箸……
そんな当たり前のものまで病院に持っていく準備を見て、
浩一は妙に現実感を覚えた。
病室まで付き添い、看護師に挨拶を済ませると、母はベッドに腰掛けて言った。
「ちゃんとご飯食べるのよ。お金は封筒に入れておいたから」
「わかってるよ」
そう答えながら、浩一は胸の奥にぽっかり穴が開くのを感じていた。
家に戻ると、いつもより広く感じられた。
台所には作り置きの煮物や味噌汁が鍋ごと置かれている。
けれど、温め直して食べるだけなのに、なぜか面倒に思えて手が伸びなかった。
結局、その日の夕食はコンビニの弁当で済ませた。
二日目、洗濯物がたまっていく。
洗濯機の使い方はわかるが、母がしていたように柔軟剤の量を調整したり、干す位置を考えたりはできない。
部屋は少しずつ乱れ、埃が溜まり始めた。
三日目の夜、急に家の中が寒く感じた。
灯油が切れていたことに気づき、近所の店まで買いに行こうとしたが、外の冷気に負けてこたつに潜り込んだ。
結局、厚着でやり過ごすことにした。
母のいない家は、思った以上に不便で、静かすぎた。
その静けさの中で、浩一は初めて自分がどれほど母に依存していたかを痛感した。
入院から五日目の夜、電話が鳴った。
母の声は少し疲れていたが、穏やかだった。
「もう少し検査が長引きそうなの」
受話器を置いたあと、浩一は冷蔵庫を開けた。
中身は、ほとんど空っぽだった。
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