第3部-第25章 借金の芽

冬の初め、母から「今月ちょっとお金足りないのよ」と言われた。

 原因は、雨漏りの応急処置や病院代、灯油代などが重なったせいだった。

 年金の支給日まではあと二週間。

 財布の中には数千円しかない。


「……ちょっと借りればいいんじゃない?」

 浩一がそう言うと、母は首を振った。

「借金は一度すると癖になるって言うでしょ」

 それでも、冷蔵庫の中身が減っていく現実は待ってくれない。


 その夜、浩一はコンビニATMの画面をじっと見つめた。

 手には、昔作ったまま放置していたクレジットカード。

 キャッシング枠がまだ残っている。

 画面の数字を前に、ほんの数秒だけ迷い――そして、ボタンを押した。


 現金一万円。

 それは思った以上に簡単に手に入った。

 翌日、食料と灯油を買い、残りは母に渡した。

「どこから出したの?」と聞かれ、「ちょっとしたへそくり」と嘘をついた。


 数日後、再び財布が寂しくなったとき、浩一は迷わず同じ操作をした。

 最初のときのような罪悪感は薄れていた。

 必要なときに少し借りて、あとで返せばいい――そう思えば、怖くはない。


 だが、返す日はなかなか来なかった。

 年金から生活費を引くと、返済に回せる余裕などほとんどない。

 気づけば、残高はマイナスから抜け出せず、利用明細には「利息」という文字が増えていた。


 ――これは、ほんの一時的なことだ。

 そう自分に言い聞かせながらも、心の奥ではわかっていた。

 一度芽を出した借金は、放っておけば根を張り、やがて生活を絡め取る。

 その芽が、すでに足元に絡みつき始めていた。

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