第3部-第24章 小さな家の修繕
秋の雨が続いたある朝、台所の天井からポタリと水が落ちた。
最初は気のせいかと思ったが、母が鍋を持ってきてその下に置く。
「また雨漏りね……前にも直したんだけど」
天井の染みは少しずつ広がり、茶色く滲んでいた。
家は築四十年を超えている。
壁紙は色あせ、畳は擦り切れ、窓のサッシは動かすたびにきしむ音を立てる。
風呂場の蛇口からはときどき茶色い水が出るようになった。
それでも、これまでは「住めるだけマシ」と思ってきた。
修理を業者に頼もうと見積もりを取ったが、金額を聞いた母は顔を曇らせた。
「雨漏りだけでも十万以上かかるんですって」
「……じゃあ、もう少し様子見よう」
そう言ってしまった自分に、浩一は少しだけ罪悪感を覚えた。
数日後、居間の蛍光灯が突然切れた。
替えの蛍光管はあったが、脚立を使っても天井まで手が届かない。
母は「電気屋さん呼ぶしかないわね」と笑ったが、その笑顔はどこか疲れて見えた。
家のあちこちが壊れていくのを、二人で黙って受け入れていく。
直せばいい、という単純な話ではなかった。
金銭的な負担もそうだが、何より「直したところで自分たちの生活は何も変わらない」という思いがあった。
夜、雨が強くなると、天井の鍋に落ちる水の音が絶え間なく響いた。
そのリズムは、不思議と心を落ち着けるようで、同時にどこか不安を掻き立てた。
――この家が壊れるのと、自分たちの生活が壊れるのは、きっと同じ速度なんだ。
そんな考えが、胸の奥で静かに形を持ちはじめた。
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