第2話
「……え?」
「お、乙田……君!?」
そこには着替え中の二階堂が居た。
体育を終えて教室に戻る途中、一人列から外れて物置と化した空き教室へと向かったのが気になり、こうして追いかけてたら……こんな状況に陥ってしまった。
「……………」
「あ、あの……これはその……っ!」
ちょうど体操服を脱いだ瞬間だったらしく、綺麗な肌の色が見えた。
だがそれよりも、二階堂の慌てようよりも……俺の目をとにかく引いたのが本来男がするはずのないブラジャーだった。
黒と赤が混ざり合った妖艶な色。
その布に包まれた豊満な膨らみ……ってデッカ!?
普段は括られている髪の毛が揺れていたり、ただでさえ綺麗な顔立ちと思っていたのが、女子だと認識した瞬間に強く意識してしまったことも、全部忘れるほどだ。
「……はっ!? す、すまん!」
前世でもお目にかかることがそうそうない大きな胸に唖然としてしまったが、状況を思い出してすぐさま背中を向けた。
(……あれ? これって凄くヤバくない?)
二階堂が女子だった……それ自体はもはやどうでも良い。
いやどうでも良くはないが、この世界において女性は宝……俺が読んでいた男が少なくて女が多い逆転世界でもあったが、女性の発言は男に比べてあまりにも重い……そして女性を傷付けるということは、死刑に匹敵は言い過ぎかもしれないがそれくらいだぞ!?
(ヤバイ……動悸がヤバイ……本当にヤバイ)
俺の中にはもう、女子の着替えを覗いてしまった罪の意識はなかった。
これで二階堂が俺を警察に突き出しもすれば……それだけで俺は全部終わってしまう。
どうして男だけの場所に女子が?
そもそもの疑問があったが、俺の胸中はパニックの一言だ。
「……………」
「あの……もう着替えたよ、乙田君」
「……あぁ」
そう言われ振り向いた。
既にいつもの恰好になった二階堂は、女の子には……まあ顔立ちがあまりにも女の子だが、あの大きな胸は完全に制服の中に押し込まれていた。
「その……えっと……」
「放課後、またここに来て」
「え?」
「お願い」
二階堂はそれだけ言って教室を出て行った。
「……え? それだけ?」
まだ心臓はうるさいままだが、どうやら助かったらしい……?
しばらく呆然としてしまったものの、すぐに自分がまだ体操服であることを思い出し教室に急いだ。
もう既にクラスのみんなは着替え終えており、その中での着替えだ。
流石に目立ってしまうものの気になることはないんだが……後ろに二階堂が居ることを考えるとどうも緊張しちまう。
「……ふぅ」
とはいえ、着替えはすぐに終わらせた。
それから放課後を待つ間、どうにも落ち着かなかった……休憩時間に二階堂と話をしたが、どうも振り向くことに気が進まなかったせいだ。
そうして時間は過ぎ、二階堂と約束した放課後になった。
「……ごくっ」
生唾を呑み込み、意を決して中に入った。
薄暗い物置部屋の空き教室……その奥に二階堂は座っていた。
緊張して強張った表情をしている俺とは違い、彼女は涼し気な表情でジッと俺を見つめていた。
「いらっしゃい、乙田君」
「……おう」
喋り方……いつもと違う。
声音は女性さを増し、見た目は男装なのに雰囲気は女性だ……教室では一度も見たことがない……いや、かつての記憶の中にも二階堂のこんな姿は見たことがない……まあ当然か。
「こっちに来たら?」
「あ、あぁ……」
言われたままに近付く。
そうして近付きはしたものの一定の距離を保ち、俺はすぐさま謝罪を口にしようとしたのだが、それよりも早く二階堂がガシッと肩を掴んだ。
「お願い! 私が女だってことは黙っててほしい!」
「うおっ!?」
肩を掴まれたことには驚きだが、それ以上に二階堂の必死そうな表情に困惑してしまう……この場合って俺がその立場だと思うんだが。
とはいえ二階堂の様子が俺を冷静にさせてくれた。
「えっと、分かった。絶対に言ったりしないから」
「本当?」
「あぁ」
所詮は口約束だが……二階堂は安心したように息を吐いた。
おそらく完全に信じてくれたわけではないだろうけど、別に俺は二階堂の正体を知ったからと言って言い触らすことは絶対にしない。
……てか、普通にこの世界で女子と知り合っちまったな。
「それより、俺に謝らせてほしいんだが」
「え?」
「その……着替えを見ちまっただろ? だからごめん二階堂」
「……………」
事故とはいえ、女子の着替えを見た時点でそれは罪だ。
ごめんの一言で許してもらえるなら警察は要らねえけど……だが、そんな風にビクつく俺に彼女が齎した言葉は予想外の物だ。
「えっと、着替えを見られたこと……問題ではあるんだけど、このことを言わないでくれたらそれで良いよ」
「……そうか。ありがとう」
「ううん、もしかして人生終わっちゃったとか思った?」
「そりゃあ……まあな」
悲しいことに、女性の言うことは大抵が叶う世界だ。
着替えを見てしまった俺を口封じとまでは言わないが、ありもしない事実を並び立てて排除することも容易だろう……この状況でそれをされないだけでも儲けものだ。
「確かにそうする人も……居るのが現実だね。でも私は少なくともそんなことはしない……だって私がこうして、男性のテリトリーに隠れて入ってるわけだし」
それは……そうだよな。
でもやっぱりそういうことをする女性は居るんだなと、他でもない二階堂から聞かされると何とも言えない気分になる。
前世でも痴漢の冤罪やら何やらあったが……この世界だと本当に、貶めようとした一言で確実に人生が終わっちまうなんて怖すぎるだろう。
「それに……」
「それに?」
「……私にとって、乙田君は初めての友達だから」
照れ臭そうに二階堂はそう言った。
友達……初めての友達……静かに囁かれたその言葉に、思わず頬が緩んでニヤケそうになった。
それは単純に真っ直ぐ友達と言われて嬉しかったのと、女性である二階堂にそう言われたからだ。
「でも俺たち、話をしたのは今日が初みたいなもんだぞ?」
「それはそうだけど……でもあんな風に庇われたことはなかったから。それだけで乙田君は周りの男子と違う……私の気持ちに寄り添ってくれる人なのかなって思ったんだ」
えっと……ごめん、俺としては本当に普通の感覚なんだ。
まるで眩しい物を見るような目をしてるけど、前世の感覚があるからこそだったわけで……まあそういう意味では、この世界の男の中だと俺は異質な存在でもあるわけだがな。
「俺は……普通のつもりなんだけどな」
「乙田君の考える普通が何かは分からないけど、絶対に違うよ……だって乙田君の纏う雰囲気は本当に、周りの男子と……ううん、私が今まで見てきた男性と本当に違うんだから」
「ちょ、ちょっと二階堂……?」
スッと二階堂は近付いてきた。
銀の髪を揺らす彼女からは、甘い香りが漂っている……これは何の香水だろうと気になるくらいに良い香りだ。
「……本当に違うよ。私が女だと知った男性の誰とも反応が違う……まるで普段から女性と話した経験を持ってるみたいに見える」
「……………」
「不思議……本当に不思議だなぁ?」
首を傾げて見上げてくる二階堂だが、距離感がバグりすぎてないか!?
男装しているとはいえ本当に二階堂は顔が整っており、女と分かってからは美人にしか見えないというか……そこで俺は一旦間を取るように彼女から離れ、空気を変えるように質問した。
「そもそもなんで二階堂はここに? それを聞きたいんだが……」
「……それもそうだね。いいよ、教えてあげる」
これにはおそらく……何か大きな事情があるのでは?
そう思い彼女の言葉に耳を傾けた。
「自由というか、気楽に生きたかったんだよね」
「気楽に?」
「うん――女子の輪の中ってこう……陰湿なんだよね」
「……へぇ?」
おや雲行きが……。
「女の子って基本的に自分が偉いって思ってるでしょ? だから男性のことは見下してるし、道具みたいに考えてる人だって居る。その考えを私は気持ち悪いって思ったのと、何よりただでさえ少ないのに女性同士で相手を蹴落とそうとしたりとか……常に自分が上じゃないと嫌だっていうか、そういう陰湿さから離れたかったんだ」
知られざる女性同士のいざこざというか……やっぱあるんだな色々と。
せき止められていたダムが決壊したかのように、二階堂はどんどんと胸の内を吐き出す。
「それで性別を偽ってここに入ったんだよ。人のことは言えないけど、男子って良くも悪くも女子と触れ合ってないでしょ? だから私が女だと疑われる要素はないし、そもそも傍に居るだなんて思われるはずもない」
「……………」
「目立たないようにしてるせいでちょっかいは出されるけど女子特有の陰湿さはないし、保護するべき対象として特別視されない……その解放感が凄く良くて、自由が謳歌出来てるって感覚なの」
「……そうか、そんな感じなんだな」
そういう風に二階堂は思ってたのか……。
確かに女が男を見下しているのはこの世界において不変の事実ではあるだろうけど、数が少ない守るべき対象としても女は特別扱いされる。
確かにこうして男に思われていれば、そういう目を気にする必要もないってことか。
「でも良くこうして紛れ込めたな?」
「簡単だよ? 書類偽造とか諸々……まあ私が女だからこそだけど、この程度のズルは容易だし」
女ァ! やっぱこの世界女に優遇すぎだろ仕方ないけどさ!!
心の中で行き場のない感想を口にした俺だったが、勢いよく喋っていた二階堂が動きを止め、ジッと俺を見つめてきた。
「その……ここまで話したのは、乙田君とは変わらず友達で居たいって思ったからなの。本当に今まで会ったことがないような男子で……私のことを見る目が今もそうだけど、周りと全然違うから……」
正直、まだ受け止め切れていない部分はあった。
だがこんな風に女の子に言われて嫌だと言えるわけもなく、俺はもちろんだと頷いた。
「俺で良かったら友達になろう……いや、二階堂と友達になりたい」
「……っ!」
「それに安心してくれて良いぞ? 俺は本当にバラしたりしないし……何なら色々と力になれるかもしれない」
「そこまでしてくれるの?」
「そりゃだって――」
女子と触れ合えない、そう絶望していた俺にとって二階堂は光だ!
そんな欲望染みた感情は絶対に口に出さないが、とにもかくにもこの出会いは大切にしたいに決まってんだろうがよおおおおおお!
「た、たとえ女子が守られたり崇められるような存在だとしても、ここには二階堂一人だけだろ? それを知ったなら手助けしたいって思うのは当然じゃねえか!」
欲望を口にする寸前で言い直し、二階堂にそう告げた。
二階堂はしばらく呆然とした様子だったが、俺の言葉に彼女は笑顔で頷いてくれた。
「うん……うん! よろしく乙田君!」
こうして俺は、この世界で女の子の知り合いが出来るのだった。
うっひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
もうね……裸で小躍りしたくなるくらい嬉しいよねって話だぜ!
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