男女比のおかしい世界で、ヤンデレ女子に愛されてしまった件

みょん

第1話

「……あれ?」


 ふと、俺は首を傾げた。

 その瞬間に脳裏を駆け巡った別人の記憶……それを認識したのと同時に俺は全てを思い出したのだ。


「俺……転生してんじゃん」


 別に頭がおかしくなったわけではない。

 ただ単に今の俺は二度目の人生を歩んでおり、一度目の人生のことを全て思い出したからである。

 正直自分の身にこのようなことが起こるというのは予想外だが、転生物の物語が好きだった俺としては、あっさり転生したと信じた……まあ信じられない話ではあるけどな。


「しかもこの世界……男女比が狂ってやがる」


 そうこの世界……男女の比率がバグっている。

 俺も数多くの二次創作だったりを読破していた人間なので、当然こういう世界の物語も読んでいた。

 だが……この世界は男女比のバグった世界とはいえ少し違うんだ。


「この世界は男の方が多くて女の方が少なすぎる……そんな世界だ」


 この世界は5:1くらいの割合で男が多い。

 その男女比率もあってか出生の仕方にも大きく影響しており、生殖機能を持ったアンドロイドが開発されているのだ。

 そこに関しても凄い技術だと言えるが……まあ無難な話だ。

 だって女性の方が圧倒的に少ないということは、子供を産むという仕組みがかなりの負担になってしまう……それもあって生殖機能を持ったアンドロイドが開発されたというわけだな。


「うちも父さんは居るけど母さんは居ねえんだよな」


 母さんは居ない……てか、今だからこそ言える。

 俺はどうやらこの世界で女性と接したことはなく、そもそもこれから先女性と交際はおろか……会話さえする機会がないんじゃないか!?


「……終わってるわこの世界」


 いやいや!

 普通はあれじゃね!? 男が少なくて女が多いってのがこういう転生のお約束じゃないのかよ神様!? 貞操観念なんかも逆転してて、そういう世界への転生がお約束だろうがよおおおおおおおおっ!


「何してるんだ? 大丈夫か……?」

「あ、うん」


 あまりにもバタバタしすぎたせいか、父さんに心配されてしまった。

 何でもないと伝え、学校があることを思い出しすぐさま家を出るのだった。


「……え~てすてす。しばらく歩いたけど女性の姿は見えないぜっと」


 俺の通う高校まで半分程度を歩いたわけだが、道行く人はほぼ男だ。


「なんでこんな世界が出来ちまったんだろうなぁ……」


 この世界の男は、女性への憧れはもちろんある。

 しかし女性に対しての接し方もそうだが、話し方に関しても慣れていないというか……そもそも女性が傍に居ないから分からないんだ。

 九割九分くらいの男は、女性との恋愛経験……性交も経験しない。

 女の中にもビッチのような存在が居るには居るが、基本そういう人たちは男を下に見すぎて自分が神のような存在とも考えてるみたいだし……だからまあ基本的に、この世界で男が女の上になることはほぼほぼない。


「この世界……一生独り身なのかねぇ」


 実を言うと、前世でも交際の経験はちょろっとしかない。

 それこそ高校卒業少し前に告白し、それでほんの少し付き合えたくらいなもので……だからこそ恋愛、ひいては結婚というのも憧れがある。

 だがこの世界で男はただ社会の歯車の一部として過ごし、アンドロイドに一発出して役目は終わりと……考えれば考えるほど泣けてくるぜ。


「……学校、行くか」


 こうして悩んでても仕方ないしな……はぁ。

 本来なら心躍るような転生も、この先のことを思えばなんで思い出したんだよと自分自身を恨みたくもなる。

 見た目もほぼ前世と同じで、名前も同じ……乙田おとだ夜市よいちっていう慣れ親しんだ名前だ。


「……はぁ」


 学校に向かう間、ため息は全く止まらなかった。


 ▼▽

 俺の通う高校――臨海地高校は男子しか通っていない。

 一応共学という体で男子校ではないのだが、女子の姿なんてあるわけもない。

 女子が同じクラスに居るだけで自慢出来るくらいだけど、もし居たらその女子はクラスだけでなく学校の姫であり女王様になるだろうさ。


「う~っす」


 挨拶もそこそこに教室に入った。

 男子しか居ないので男臭いのは間違いないが、こうも異性の姿がないだけで気持ちが沈むとは思わなかった。

 ちなみに、うちの高校に女子は居ない……以上!


「おっす」

「……うん、おはよう」


 席に座る際、一つ後ろの奴に声をかけた。

 こいつは二階堂にかいどう莉緒りおと言って、特に仲良くもないクラスメイトだ。

 非常に大人しい奴……なんだけど、ふと俺は思った。


(二階堂って……もしかして女子じゃね?)


 ……いやいや、そんなことあるわけないじゃないか。

 そう思うのが普通だし周りの連中に言っても、俺が馬鹿なんじゃないかと言われるに違いない。

 けど、なんでかそう思っちまったんだよな。

 二階堂は男子にしては明らかに線が細い。

 背は俺と同じくらいでクールな雰囲気を持っているけど、髪の毛とか顔立ちとか、鈴を鳴らすような高い声とか……どう考えても男装している女子にしか見えてこないんだよな。


(でも……そんなことする必要ねえもんな)


 女子に生まれた時点でこの世界では勝ち組だ。

 適当に過ごしていても補助金だったり身の回りの世話はされるし、わざわざ男装して男に紛れる理由もない……たぶん考えすぎだな。


(……女性と縁がないってなったからこんな風に思うのかも?)


 それはそれで嫌だな……でもやっぱ仕方ねえよな。


「……………」


 チラッと二階堂を見た。

 彼はスマホで何かを見ており、時折おぉっと声を漏らしながら夢中な様子で……何だろう……耳にかかる髪の毛を払う仕草なんかも女子にしか見えないんだが。

 だが当然、そんな感覚を抱くのはこのクラス……いや学校でも俺以外には居ないだろう。


(女子と接する経験の無さもあるだろうけど、そもそも女子が居るわけがないって感じだろうな)


 そんな風に納得した答えに頷いていたら二階堂があっと声を上げた。

 何だと思い改めて視線を向けると、二階堂のスマホを二人の男子が奪っていた。


「ちょ、ちょっと返して――返せよ!」

「二階堂お前、なんでこんなの見てんだぁ?」

「ウサギのぬいぐるみとか見て何が楽しいんだよ」


 いや……別に良くねと思った俺はおかしくないはずだ。

 このクラスでも特にクソ悪ガキとされている山田と田中は、二階堂のスマホでキャッチボールを始めるような勢いだ。

 もしそれで壊れたら弁償出来んのかよという理屈はともかく、近くでこんなことをされても気分が悪いため、俺はすぐさまスマホを奪い取った。


「な、なにすんだお前!」

「二階堂の味方すんのかよ乙田ぁ!」


 一応、前世を思い出したがこちらでの記憶もバッチリ残ってる。

 俺はどちらかと言えば目立たない奴で、こういう奴らを相手するのも嫌で黙ってるような人間だった。

 いやそれ俺ちゃうやんけ……!

 そう思ったのも確かだが、こういう世界とはいえかつての自分より年下にビビる理由はそもそもない……だからこうして俺は二階堂を庇うんだ。


「お前らがしょうもねえことで二階堂を困らせてるからだろうが。気になる子にちょっかい出したいガキかよお前ら」


 ……あ、ガキだったわ。

 気になることにちょっかいを出すという部分は理解出来ていないみたいだが、ガキと言われたことはカチンと来たらしい。

 山田と田中はキッと睨み付けてくるが、俺は視線を逸らさない。

 そうしてしばらく見つめ合うと二人は舌打ちをして去って行った。


「ほら」

「あ……ありがとう……」


 呆然とした様子で二階堂はスマホを受け取った。


「ウサギのぬいぐるみ、良いじゃん。すげえ可愛いと思うし、揶揄われるようなことじゃない」

「え、あ……うん……」


 二階堂は頬を赤くし、そのまま席に座って静かになった。

 こういう仕草を見るとますます女子に見えちまうけど……でも、少しだけ注目を浴びてしまったかもしれないな。

 今まで静かに過ごしていた奴が、クラスを代表する悪ガキコンビに啖呵を切ったわけだし……はぁ、何事も無いと良いが。


「何かあったら言えよ、出来るだけ助けるから」

「……優しいんだね?」

「普通じゃね? つうか悪いのはどう考えてもああいう奴らだよ」


 記憶の二階堂は、ずっと表情を変えない奴だった。

 けど落ち着いたのか僅かに笑みを浮かべてくれたので、助けに入った甲斐があったというものだ。

 そんなことがあってか、休憩時間の合間に二階堂と話すようになった。

 まさか女子じゃねえだろうなという疑いはあるものの、それを確かめる術なんてあるわけもなく……というかそこまで仲もまだ良くはない。

 ……そう思っていたのだが。


「……え?」

「お、乙田……君!?」


 二階堂が着替えをしていた瞬間にバッタリと出くわした。

 本来男が身に付けるはずのないブラをしていた二階堂……そこに見えた豊満な膨らみは、間違いなく女性の証で。


「……………」

「あ、あの……これはその……っ!」


 ……もう今日、色々なことが起きて疲れちまったよ。

 でも間違いなく、突然記憶を取り戻したこの世界での厄介事の匂いがしたのだった。




【あとがき】


書籍作業で忙しい合間ということで、ギャグ的な感覚でお楽しみいただければと思います。

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