第3話
「今日は随分とご機嫌じゃないか?」
「え? あぁうん……まあね」
父と二人っきりの夕飯時。
ご機嫌じゃないかと言われ言葉を濁したものの、二階堂とのやり取りによって得られた喜びが表情に出ていたようだ。
「お前が楽しそうにしているなら俺も嬉しいぞ。あまり学校生活のことは聞かないが、それだけ分かれば悪いことじゃない」
この世界の父は、どちらかと言えば無口な方だ。
そもそもそんな父の血を引く俺がそういうタイプなのもあって、学校での出来事をあまり口にしないのもあるんだろう。
だがまあ、俺は俺だ。
母親は居ないが父は唯一の家族……なら良い関係くらいは築いておきたいし、俺の変化をゆっくり知ってもらうためにも布石は打っておこう。
「友達が出来たんだよ、だから嬉しかったんだ」
「そ、そうか……」
自分で話題を出したくせに、いざ答えるとこれか……まあ驚いている様子なのを見るに、こうやって受け答えするだけでも珍しいと思ったんだろうな。
「どんな子なんだ……と聞いても良いのか?」
「別に良いよ。まあそうだな……俺も今日友達になったばかりだけど、これから先もずっと仲良く出来ればなって……そう思えるくらいの奴」
「……なんというか、成長したな夜市」
「これだけで成長はオーバーじゃない? だとしたらこれからの俺の成長曲線は凄いことになるぞ」
べらべら喋り過ぎたかと思ったが、父さんは嬉しそうだった。
今日も美味しい料理をありがとうと感謝を告げてから食器を片付け、部屋に戻ってから改めてこの世界のことを整理した。
「貞操観念とかは……まあちょいおかしいか」
こういう男女比が極端な世界ってのは、貞操観念も変化するものだ。
それはこの世界でも例外ではなく、前世に比べれば明らかにその辺りのことも変わっている。
「まあ、仕方ねえだろうけどさ」
性的なことに関してだが、これはある意味仕方ないんだろう。
そもそも男女間の接触が稀であるというのもそうだが、お互い異性に対しての接し方をあまり分かっていないのも大きい。
男は女を特別視し興味を抱いてはいるが、実際に慣れていなければ女が目の前に現れた際、どう行動すれば良いのか分からずパニックになる人も居るはずだ。
「女は女で凄いもんな」
女は男を下に見ている……しかもそれに対して男側が当然だと受け入れている側面もあるため、前世に比べたら本当にこの辺りの感覚は歪としか言えない。
もちろん全ての女がそうではなく、男を認めて対等の付き合いをしている人も居るみたいだがそれこそ稀……もしも街中でそんな二人組を見ることがあれば、みんな演技だと思わずには居られないんだとか。
「そう考えると二階堂って本当に稀な例なんだよな……」
正直、彼女が俺に演技をしていたとしよう。
それはそれで悲しい気もするが、それもまた運命だと諦められるような気もしてる……だってただでさえ、この何とも言えない世界で仲良くなれた女友達だしな……ま、その時は幸運が逃げたんだと思うことにしよう。
「まあなんにせよ、この世界も捨てたもんじゃない」
野獣の中に咲き誇る一輪の花……二階堂って間違いなくそれだわ。
「……この関係、マジで大切にしていきたいもんだ」
絶対に二階堂を怒らせるようなことはしない……嫌われるようなこともしない……何か力になれるかもしれないと、そう伝えた言葉を貫き通さなければ!
「……ふ……ふふっ!」
でも……結局は俺も男なんだ。
この世界でというのは一旦置いておいて、二階堂の素顔……凄まじいまでの美少女だと分かってしまった今となっては、彼女と仲良く出来ることにニヤニヤを抑えられないんだから。
▼▽
翌日、俺は生まれ変わった気分だった。
まあ転生したことに気付いて昨日も生まれ変わった気分だったが、それ以上なのは間違いなく今日だろう。
こんなにも学校に行くのが楽しみだと思ったことはない。
こう思えたのも間違いなく二階堂の憧れであり、やっぱり女子の存在って男子学生には大きいんだわ。
「さ~てと、今日はどんな話が……あん?」
家を出てすぐ、見覚えのある人影に首を傾げた。
いやまさか……なんでここに? そう思ったのも束の間、あちらもこちらに気付き駆け足で近付いてきた。
「おはよう乙田君!」
「……おっす、おはよう……二階堂」
もちろんそこに居たのは二階堂だった。
普段から見る制服姿は言わずもがな、あの大きな胸をどうやって仕舞ったんだと思える平たさ……いや、そこはどうでも良くて!
「な、なんでここに?」
「決まってんでしょ、君と一緒に学校行こうと思ってね」
「……………」
マジかよ女子との登校だと!?
世の中の男子学生が憧れる……いやそれは知らんが、少なくとも俺はずっと憧れていた!
「嫌……だった? やっぱり突然こうして来るのはダメだったかな?」
「いんや! そんなことはないっての! だって俺たち友達だし、一緒に学校行くくらい普通だって!」
不安そうな表情を浮かべた彼女を安心させるように、何か言わなければと思いそう伝えた。
「……ふふっ、良かった♪」
「……………」
ごめん……俺がチョロいのかもしれんけど、可愛すぎんか?
男装していても貫通してくる女子としての可愛さに、思わず視線を逸らしてしまった。
ただ、俺はすぐに聞きたいことが出来たのだ。
「俺のことを待ってたってことだよな?」
「うん」
「……なんで俺の家知ってるの?」
「あ~……えっと、ちょっと調べただけだよ?」
調べただけ……?
少しばかり闇を感じたけど、これ以上は何も聞かないでおこう。
「っと、そうだった。実は昨日、言いそびれたことがあったんだよ」
「なんだ?」
「電話番号とか交換しない?」
「する」
そりゃするでしょと、速攻で頷いた。
流れるような動作で電話番号を交換し、初めて女子の名前が俺のスマホに刻まれることとなった。
俺が嬉しいのはもちろんだが、二階堂も嬉しそうにしてくれた。
そうして学校に向かうために歩き出したのだが、その中で俺たちの会話が尽きることはなかった。
内容としては俺たちの間における決め事ばかりだったが、単純に女子と会話出来ていることが楽しくて仕方なかった。
「分かった……周りに人が居る時は当然男としてで、二人の時は今みたいに接すれば良いんだよな?」
「うん、それでよろしくね……ふ~ん?」
「どうした?」
ふと、二階堂が足を止めた。
そのまま彼女は少し距離を詰め、頭のてっぺんから爪先までも観察するように俺をジッと見た。
何してんだろうか……そう思っていると、ごめんごめんと言って二階堂は教えてくれた。
「やっぱり乙田君って違うんだなって思ったの」
「またそれ?」
「私も色々調べたんだよ? その上で言うけど、乙田君みたいに女を前にしてそこまで落ち着いている人……ほんとに居ないんだからね?」
「……そこまでなのか」
「そこまでなんだよ。動揺してもないし、強がってもないし、何より慣れてるって感じがする……昨日も言ったけど、そこが不思議なの」
う~ん……やっぱりそこは不思議に思われるのか。
二階堂は今までに数えるほどしか男子と接してきたはないだろうが、テレビやSNSの情報なんかを鑑みても俺みたいなのは異質なんだろう。
生まれ変わりだとか、転生だとか、そんなのを話すつもりはない。
なのでそれっぽいことを言って何とか信じてもらおう。
「慣れてるかどうかはともかく、ある意味必死なんだよ」
「必死?」
「あぁ……だってほら、男にとって女と接する機会がそうないのは知ってるだろ?」
「うん、知ってる」
「だからだよ――せっかく女性である二階堂と仲良くなれて、この繋がりを手放したくないって必死なだけだ俺は」
少し正直すぎたかも……若干の後悔はあったが、どうも今の言葉は悪いものじゃなかったらしい。
ポカンとした二階堂だったが、ほんの少し頬を染めた。
「そ、そんなに言われるの照れちゃうね……あはは。男子にはもちろん、女子だってそんな風に言い合えるほど仲の良い人は居なかったから……凄く嬉しいかも」
「……………」
髪の毛を指先で弄り、チラチラとこちらを見る二階堂。
……いや可愛すぎじゃね? このままだと普通に惚れちゃいそうというか、仲の良い女子が二階堂だけっていう事実も相まって、本当の本当に好きになっちゃいそうだ。
(でも……俺の特異性を二階堂が気になるのだとしたら……ちょっと卑怯な気もするな)
前世での俺は、一言で言えば普通の人間だった。
本当に平凡に日々を過ごしていただけの人間で、人に誇れるような特技も能力もない……本当に普通だった。
そんな俺がこうなのだから、俺以外の誰かが転生したとしても同じ結果になっただろう……いわば反則技を使って、女の子に気に入られているだけに過ぎない。
「ねえ、どうしたの? ちょっと表情が暗いけど」
「え? あぁううん、何でもないよ」
表情に出ていたかと思い、咄嗟に取り繕った。
「言えないこと? 私たちはまだ、そこまで仲良くないってこと?」
「あの……二階堂?」
「あんな分かりやすく暗い顔をして、それで何もないって私のことを信じてくれてないってこと? ねえ、そうなの?」
に、二階堂の様子がおかしいぞ……!?
ジリジリと距離を詰められ、挙句の果てに電柱にまで追い詰められ……しかしそこで二階堂はこんなことを口にした。
「もっと仲良くなろうよ、友達としてもっと仲良くなろう」
「あ、はい」
「今日の放課後、暇?」
「暇、です」
「じゃあうちに来て。放課後を一緒に遊んで過ごすのは友達として普通のことでしょ?」
「……………」
うちに来て……ウチニキテ……家にご招待ってこと!?
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