第2話 勇者と聖女と農民
ヨサクの旅立ちは、あまりにも唐突だった。
けれど鍬一本と筋肉だけの装備で、
案外どうにかなるのが田舎者の逞しさである。
三日歩いて辿り着いたのは隣村。
「勇者様が聖女を連れて立ち寄られとるらしい!」
「なんでも魔物退治をしたんだってさ!」
耳に入ってきたのは噂話。
ヨサクは胸の奥がチクンとした。
だが足は勝手に村の中心へと向かっていた。
広場では、人垣の中心に勇者と聖女――ミリアがいた。
勇者は相変わらず太陽のような笑顔で、
ミリアはその隣で花のように微笑んでいた。
彼が手を差し伸べれば、彼女は当然のようにその手を取る。
肩を寄せ合い、囁き合い、
まるで絵画のように「理想の二人」を演じていた。
ヨサクは拳を握りしめた。
悔しい……羨ましくないと言ったら噓になる。
だがその一方で、
ミリアが本当に幸せそうに笑っているのを見て、思わず肩の力が抜けた。
(……ああ、良かったな。ミリア)
自分では叶えられなかった夢を、彼女は勇者と共に歩もうとしている。
ならばせめて応援してやろう。――そう思った。
……が。
「おい、勇者さま」
気がつけば声が出ていた。
勇者とミリア、そして周囲の村人たちの視線が一斉にこちらを向く。
顔が赤くなるのを感じながらも、ヨサクは胸を張った。
「そんな細腕で本当にミリアを守れるのか?」
勇者は一瞬きょとんとした後、笑顔を崩さぬまま答える。
「もちろんだ。俺は魔王を倒す男だぞ」
その言葉に、ヨサクの中で火がついた。
「だったら……オレに試させろ!」
村人たちがざわつき、ミリアが慌てて口を開く。
「よ、ヨサク! やめなさいよ! 勇者様に敵うわけ――」
勇者は静かに剣を抜いた。光を放つその刃に、どよめきが広がる。
「君の気持ちは分かった。全力は出せないが、受けて立とう」
広場の真ん中で、農民と勇者が向かい合う。
村人たちは固唾を呑んで見守った。
――ヨサクは地面を蹴った。
畑仕事で鍛え上げた脚が土をえぐり、一直線に勇者へと突進する。
節くれだった腕を突き出し、渾身の力で組みつこうとした。
だが、勇者は軽やかに身をひるがえす。木の葉のように舞い、するりとかわす。
返す刃のように繰り出された剣の柄が背を打ち、ヨサクは無様に地を転がった。
「ぐはっ……!」
立ち上がり、殴りかかる。
かわされ、倒される。
それでもヨサクは何度も立ち上がった。
背も腹も腕も痛み、視界は揺らぎ、膝は震える。
それでも――
「まだだァ!!」
最後の力を振り絞り、踏み込む。
勇者の視線がわずかに泳いだ。その刹那を突き、ヨサクの拳は――
しかし届くことはなかった。
「なるほど。いい拳だ」
次の瞬間、力尽きた体は崩れ落ちた。もはや立ち上がることはできない。
意識が闇に沈んでいく中、ヨサクの耳に届いたのは勇者の真剣な声だった。
「農夫よ。君の想い、確かに受け取った。彼女は必ず守る」
その言葉に、ヨサクは小さく頷き――静かに意識を手放した。
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