勇者に幼馴染を取られた農民、筋肉と鍬で世界を耕す。

茶電子素

第1話 勇者に彼女?(勘違い)を取られた。

辺境の村に生まれたヨサクは、

朝から晩まで鍬を振るって生計を立てていた。

両親は早くに亡くなり、畑と小屋だけが彼の財産。筋肉はあるが金はない。

学校なんぞ行ったこともない。

けれど幸せだった。隣に住む幼馴染のミリアがいたからである。


ヨサクは信じていた。「いつかオレとミリアは結婚する」と。

村人にも「お前らお似合いだな」とからかわれていたが内心嬉しかったし。

ミリアは怒っていたが恥ずかしがっているだけだろうとか思ってた。

実際は、俺が勝手にそう思い込んでいただけなのだが……。


そんなある日、王都から勇者一行がやって来た。

魔王討伐のため聖女を仲間に迎えに来たのだという。

勇者は爽やかなイケメン笑顔とキラキラした鎧を輝かせ、馬から降りて一言。


「俺と共に来てくれ、ミリア」


「はい、勇者さま……」


ヨサクの頭上で、世界が音を立てて崩れた。

いや、正確に言えば

「勝手に恋人だと思っていた幼馴染が、当然のように勇者に靡いた瞬間」だった。


村人たちも「あ、やっぱりそうなるよね」みたいな顔をしていて

俺だけが状況を理解できず口をぱくぱくさせていた。


「え?おいミリア?オレら結婚するんじゃ……」


「そんな約束した覚えないけど?」


――ご臨終である。


その夜、ヨサクは酒を煽り、畑に突っ伏して泣いた。

二日目も朝から晩まで声を殺して泣いた。

疲れ切り眠って見た夢は「勇者など来ず、ミリアと結婚する夢」を見てしまった……

起きてまた泣いた。

だが三日目の朝、鶏の鳴き声とともに目覚めた時、

筋肉質な胸板を叩いてこう叫んだ。


「よし!頑張るか!!」


悲しみも失恋も、寝れば治る。

筋肉痛と同じ理屈である!と自分に言いきかせてみた!

……とはいうものの、まあ実際は殆ど治っていないが、人生は短い。

働かねば食ってもいけない。


問題は、今後の人生設計だ。

ミリアと結婚して村で一生を過ごすという青写真は燃え尽き、白紙になった。

だが逆に言えば、自由になったのだ。


「よし!旅に出てみるかっ!」


見たいもの、知りたいことは今までだって沢山あった。

ただそれよりも優先したいものがあっただけだが、今はそれもなくなったのだ。

畑を耕す鍬を担ぎ、胸を張って出発する!


「おやヨサク、どこ行くんだい?」


三件隣のばあちゃんが腰を曲げて声をかけてきた。


「世界!」


「ざっくりしとるのぉ!」


まるで散歩にでも出かけるかのようにして、農民ヨサクの放浪は始まった。


勇者や魔王の物語ではない。

ただ「元カノ(と勘違いしていた)を勇者にもってかれた農民」が、

筋肉と畑仕事の経験だけを武器に世界を旅するお話である。

どこへ行くか? 何をするか? 本人も分からない。ただ一つだけ確かなことは――


「オレは自由だーーッ!」


その雄叫びは、のどかな畑にこだました。

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