第3話 初めての仲間

ヨサクが目を覚ましたのは、隣村の診療所だった。

体中が痛む。

布団から半分落ちかけた格好で呻いていると、桶を持った老婆が入ってきた。


「おお、あんた気がついたかい。何の恨みがあったか知らないが勇者様にケンカを売るとは。まったく無茶をするもんじゃないよ」


ヨサクは顔をしかめながら、ギシギシときしむ体を起こす。


「……負けたんだな」


老婆は首を振る。


「勝ち負けじゃない。あんたはよくやった。村の若いもんが“あんな勇敢な農民は見たことない”と言っとったわ」


――勇敢な農民。

なんだその称号は、とヨサクは思わず吹き出した。

けれど胸の奥は少し温かかった。


治療を終え村を出ようとした時、背後から声をかけられる。


「……待って」


振り返れば、小柄な少女が荷物を背負って立っていた。

髪をひとまとめに結び、無表情でこちらを見ている。


「リナ、十五歳。薬師見習い。」


彼女は感情を感じさせない声で続ける。


「昨日のあなたを見て思った。……勇者より、あなたの方が勇者らしい」


「いや、オレはただの農民だが」


「……だからいい。強いのに、近くにいても怖くない。そんな人と一緒に旅をしたい」


――静かに迫ってくるリナの迫力に押され、結局ヨサクは折れることになった。


「……まあ、旅は道連れ世は情けってもんか」


そうして二人は連れ立って歩き出したが、沈黙に耐えかねたヨサクが問いかける。


「なあリナ、お前……なんで旅なんて決意したんだ?」


彼女は少し歩を緩めた後、淡々と答える。


「……母が死んだから」


ヨサクは言葉を失う。リナは振り返らず、淡々と話を続けた。


「数年前、魔物に襲われた村で、私と母は助けを求めた。勇者一行はそこにいた。けれど“作戦に支障が出る”とかなんとか言って、母を見殺しにした」


「……。」


「勇者が“勇者”と名乗る前のことだった。世間はまだ知らなかったけれど、私はその場で見ていた。母は泣いて、縋って……それでも彼らは振り返らなかった」


リナの声は淡々としているのに、その奥には鋭い痛みが潜んでいた。


「それから、私の中で勇者はただの“偽りの象徴”になった。だから昨日のあなたを見て思ったの。……勇者よりも勇者らしい、と」


ヨサクは胸を抉られるような感覚に襲われる。

自分はただ畑を耕すことしか能のない農民だ。

だが、その「ただの農民」が必死に戦った姿を、彼女は確かに見ていた。


「……お前、勇者に復讐する気か?」


リナは一瞬だけ黙り込み、やがて小さく頷いた。


「……気持ちはある。でも、殺したいとか壊したいとか、そういうのじゃない。あの人たちが“勇者”として讃えられていることが許せない。母が見殺しにされた現実を、なかったことにされているみたいで……だから、証人でありたい」


「証人……?」


「真実を見て、語れる人間でありたい。そのために強くなる。薬も、知識も、旅も……全部そのため」


ヨサクはしばらく黙り込んだ。

彼女の決意は冷たく固い氷のようだ。

けれど、その下には失われた母を想う少女らしい痛みが渦巻いている。


「……そうか。なら、オレも一緒に見届けてやるよ」


「……?」


「オレは勇者に恨みなんかない……ともいえないが、いつか一発ぶんなぐってやればスッキリする程度の話だ。でも、お前の言うことは筋が通ってる!誰かが真実を見ていて、それを語るのは大事なことだ」


リナはわずかに目を見開いた後、小さく笑った。

ほんの少し、表情が柔らかくなったように見えた。


「……やっぱり、あなたと一緒に行きたい」


「なら決まりだな」


ヨサクは苦笑しながら鍬を担ぎ直した。

農民と薬師見習い。困難を乗り越えるには心許ない組み合わせだ。

けれど「仲間ができた」という喜びは、何よりも強い力となる。


こうして、農民ヨサクと薬師見習いリナの珍妙な旅路が始まった。

その行く末に、勇者と呼ばれる存在との長きにわたる因縁が待ち構えていることなどこの時の二人には知る由もなかった――。

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勇者に幼馴染を取られた農民、筋肉と鍬で世界を耕す。 茶電子素 @unitarte

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