第9章 最悪の状況

「ニナっ!だよ!」

私はパニックに陥り、考える間もなく叫ぶ。

それを聞いたニナは小さくうなずいて、「ライト」に向かって走り出した。

私はニナに左に行ってほしかったのに。

私が「ライト」って叫んだから、ニナは右に行った。

私は右に向かったニナの様子を映像で見ながら、びっくりして息が詰まった。

えっ?どういうこと?

どうしてニナは右に向かってるの?

もしかして、「ライト」って右だっけ?

まずいよ!このままじゃ、犯人と鉢合わせになっちゃう!

そう考えると、体の芯まで冷たくなった。

「ニナ!戻って!そっちじゃないよ!」

私は焦りながら、電話口に向かって叫ぶ。

でも、ニナからの返事はない。

……あっ、ニナに日本語は通じない!

どうすればいいの?

英語で「そっちじゃない」ってなんて言うの?

今まで英語から逃げてきたからわかんないよ!

どんどん犯人に近づいていくニナの様子を見て、焦りと悔しさが募っていく。

気づいたら、私は手を強く握りしめながら震えていた。

部屋に真夏の生ぬるい風が吹いて、背中に張り付く。

……ああっ。ニナ、そっちに行ったら……そっちに行ったらダメなのに。

「ニナ!ニナっ!止まって!お願い!」

私は叫ぶことしかできない。

それでも、ニナは止まってくれない。

そんな状況を見つめて、私は唇をかみながら小さく呟いた。

「悔しい……。」

と、気づくともうニナと犯人は目と鼻の先だった。

ニナは犯人の顔を知らないから、多分犯人がどんな人なのかわからないんだ。

せめて、「隠れてっ!」と日本語で叫んだけど、やっぱりニナには通じない。

私の背中に冷たい汗が流れる。

どうしよう?

心臓が不安と恐怖でバクバクする。

このままじゃ、最悪の状況になるかもしれない。

犯人はすごく興奮しているように見えるから、何をするかわからない。

一歩、また一歩とニナが危険に近づいていく。

私の目には、その全てがまるで現実じゃないように見えた。

どうしたら、どうしたらいいの……?

私は頭を抱えて考える。

と、そのとき。

「キャアアアアアアアアアアア!!」

辺りをつんざくような鋭い悲鳴が聞こえてきた。

私は慌てて画面を見つめ直す。

そして画面に映っている様子を見て、言葉を失った。

なんと、ニナが犯人に人質に取られてたんだ。

しかも、犯人がニナの頭に銃口を突きつけてる……?

画面に映るニナは身動きできずに震えていた。

……嘘でしょ……。

私の顔から血の気が引く。

私が英語から逃げてたせいでこんな最悪の事態を招いちゃったの……?

私がもっと英語の勉強をしてたら、こんなことにはならなかったの?

後悔。不安。恐怖。

私はいろんな気持ちがぐちゃぐちゃに混ざり合って、ただただ画面を見つめることしかできない。

でも、世界は残酷だ。

犯人は銃の引き金をひく。

私はヒュッと小さく息をのんだ。

心臓の鼓動が早くなり、冷たい汗がしたたり落ちる。

……やめて!やめてっ!

私は懸命に祈った。

けれど。

その願いも虚しく、後には大きな音が響く。


「バンッ!」


その瞬間全ての世界が止まった気がした。

そして。

目の前は真っ暗になった。

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