おうふる・らばー
西順
意地悪
私には恋人がいる。世の独り身の君、羨ましいだろう? そんな君たちを他所に、私たちは日々イチャイチャしているのだ。
しかしそんな私にも恋愛の悩みがある。私の恋人が、私に少し意地悪な事だ。
何だ、そんな事か。と世の独り身の君は切り捨てるだろうが、たまにならばともかく、毎度毎度会う度にやられては、笑顔を保つのも難しい。
とある日には、恋人の家で仲良く映画を観ていた私の飲んでいた紅茶がなくなったので、改めて淹れ直してくれた。
「砂糖何杯いる?」
私に気を利かせてくれた恋人が、そのように訊いてきたので、
「2杯かな」
と答えると、恋人がキッチン棚の容器から、砂糖を取り出し、砂糖を加えてくれた。
……もう分かっていると思うが、結果から言えば、加えてくれたのは塩だった。私が塩入りの紅茶を一口飲んだところで、むせたのを見て、キャッキャと笑う恋人。うん、可愛い。いや、ここで怒れないからこんな事をされるのだろう。
またある日には喫茶店で食事をしている時、
「あ」
「え? 何?」
「ほっぺた」
「ほっぺた何か付いているの?」
私が両頬を擦るも、自分では判断が出来ない。そんな時にスッと私の恋人は手を出して、食べカスを取ってくれた。……と思っていた。
食事も終わり、会計となったのでレジに向かうと、レジで店員が私の顔を見てくすりと笑みをこぼした。何だろう? と私が首を傾げると、
「お客様、頬にご飯粒が付いていますよ」
と指摘してくれた。子供じゃあるまいし、頬にご飯粒を付けたままだった事が恥ずかしくなり、すぐにそれを拭う。すると、恋人が手を差し出してくれた方の頬から、ご飯粒が現れたではないか。私が恋人を見ると、またキャッキャと笑っている。
「取ってくれたんじゃないの?」
「ううん。私が付けた」
にやりと笑う恋人。うん、可愛い。いやいや、流石にこれは恥ずかしいので、私が頬を膨らませて抗議の視線を送ると、それが面白いのか、またキャッキャと笑うのだ。その姿が可愛いらしく、私はどうにもそれ以上抗議を続ける事が出来なくなってしまった。
違う日にはこんな事があった。モールでの待ち合わせに少し遅れてやってきた私を見た恋人が、コテンと首を傾げた。うん、可愛い。
「どうかしたの?」
私の格好のどこかがおかしかったのかな? それともコーディネート的に、今日の恋人の隣りを歩くには似合わなかったかな? と自分を省みるも、どこが変か分からない。
「変?」
堪らず私が訊ねると、
「変じゃないけど、上着のボタン、1個飛ばしてない?」
「え?」
言うや否や、恋人は私の手を引いて人のいないところまで連れていくと、その場で上着のボタンを直してくれた。ホッと一安心した私は、さあ、今日のデートを楽しもう! とモールを歩き出すと、どうにも周囲からの視線を感じる。
「何だろうね?」と横を歩く恋人を振り向くと、いつの間にか横に恋人はいなかった。私が慌てて恋人の姿を探すと、恋人は私から10メートルは後ろからキャッキャと笑っている。うん、可愛い。じゃない! これは何かやられた! と直感した私はすぐに己の上半身へ視線を向ける。すると見事に上着のボタンが一つずつずらされているではないか! こんな格好で、デートだ! とルンルンで歩いていたかと思うと、恥ずかしさで真っ赤になりながら、私はその場ですぐに上着のボタンを直したのだった。
私としてもやられてばかりではモヤモヤする。何か仕返ししてもバチは当たらないのではないか? と思って仕返しを考えるも、思い付かない。人様に悪い事をする才能が私にはないらしい。ちょっとの意地悪って難しい。これも恋人の才能なのだろうけれど、私的には嬉しくはない。可愛くはある。
そんな私にも、仕返しが出来る日が訪れた。デートに遅れてきた恋人の服に、買った時のままのタグが付いていたのだ。タグは襟に隠れるように少しだけ見えていたので、ここに来るまで気付かず、誰にも指摘されずに来たのだろう。が、私は普段から恋人の一挙手一投足に気を配っている。なので気付けた。
これを指摘すれば、恋人も恥ずかしくて少しは日々の意地悪を反省してくれるかも知れない。
「ねえ、タグが付いたままだよ」
そんな淡い期待と共にタグに触れると、タグには値段が表記されていなかった。代わりにこんな文言が記されていた。
「普段からこんなところまで意識して私を見ているなんて、どれだけ私の事好きなのかなあ?」
…………恋人を見るとキャッキャと笑っている。うん、可愛い。いやいやいやいや、してやられた。はあ……。そりゃあ好きな人だもの、見るでしょ?
そんな恋人との付き合いも3年、この日は恋人の誕生日だった。恋人は今日に限って仕事が長引いているらしく、私に恋人の家に先に上がっているように連絡が来た。なのでそれに従い、先に恋人の家へ。
家に上がると、いつものようにリビングに荷物、今日は誕生日のプレゼントもそこに置いてからキッチンへ。誕生日用に豪華なディナーを用意しようと、色々買ってきたのだが、とりあえずケーキは冷やしておこうと冷蔵庫を開けると、何やら貼り紙が貼られていた。
「初めてあなたがくれたプレゼントは?」
何だこれ? 思わず首を傾げる。ともかく貼り紙を外してケーキを冷蔵してから、手元に残った貼り紙をもう1度見る。確か、私がプレゼントしたのはポスターだ。何故ポスター? と思うかも知れないが、恋人が好きな映画のポスター、しかも日本未入荷のポスターを、海外から輸入して恋人にプレゼントしたら、飛び上がって喜んでくれたのを覚えている。そのポスターは今もリビングに飾られている。
ポスターを見る。ホラー映画なので可愛いものではないが、迫力があって私も嫌いではない。しかしポスターはポスターだ。何もおかしなところは……と四方八方から見ると、ポスターの額縁の裏に、冷蔵庫の時と同じく貼り紙が貼られていた。
「2年目にあなたがくれたプレゼントは?」
これも覚えている。と言うよりもこの家に来る度にまず最初に目にする。傘だ。恋人は物を大事にする人なので、こう言った日常使いの物に拘りがある。私がプレゼントする前に使っていた傘も、傘がおちょこにならないように、骨組みがしっかりしていて、骨組みの数も多い傘を使っていた。大事に使っていたのだが、仕事疲れで電車内で寝落ちして、最寄り駅に着いた瞬間に目が覚め、慌ててホームに出た時に、電車内に忘れてきてしまったのだ。それを聞いた時期が恋人の誕生日に近かったので、折角なら、と傘専門店で恋人に心往くまで選ばせた思い出がある。
玄関に戻り、傘を見れば、恋人の拘りが詰まった傘が置かれていた。それを徐ろに開くと、やはり中に貼り紙が貼られていた。
「玄関を開けよ?」
今度はプレゼントの場所ではなく、行動を指定された。仕方ないので、傘を閉じて玄関扉を開けると、恋人がそこに立っていた。
え? 今日は仕事で遅くなるんじゃないの? と理解が追い付かないうちに、恋人が取り出したのは小さな箱だった。それを恋人が開けると、中にはリングが2つ入っていた。同じデザインだけれど、中央の宝石の色が違う。私と恋人、それぞれの誕生石が嵌め込まれていた。
これを見て驚いた私が恋人に視線を向けると、してやったりとにんまりしている。うん、可愛い。じゃなくて、
「こ、これは?」
「ペアリング。まさか自分の誕生日に、祝われる側が、誕生日プレゼントを用意するとは思うまい」
そう言って意地悪く笑う恋人は、うん、可愛い。これが私の恋人だ。全く困った人だ。
おうふる・らばー 西順 @nisijun624
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