第18話 石室の記録

 再び石室に入ることになった。宇佐美が昏睡状態で病院に運ばれたが、警察の動きは鈍い。行方不明者の安否確認が急務だと分かっていても、人手不足と証拠の乏しさを理由に、決定的な捜査は行われない。

 結局、真実を確かめるには私たち自身が動くしかないのだ。

 私はジャーナリストとして、そして佐藤はその同行者として。ホランド・K・ショーン博士は、宇佐美の掌に残されていたモダンに強い執着を示し、設楽はその通訳として同行した。


 湿り気を帯びた空気が、石室の奥から吐き出されている。

 足を踏み入れた瞬間、過去に幾度も突き落とされた穴の感触が蘇る。暗闇の奥に、再びあの大男、源八が立ち現れるのではないかという緊張が走った。


 しかし、待ち受けていたのは沈黙だけだった。人影も、荒い息遣いもない。


 博士は嬉々として壁へ近づいた。

「やはりだ……誰もいない。つまり調査し放題ということだ!」

 設楽を通してその言葉を聞いた私は、あまりの無邪気さに冷や汗をかいた。


 博士は壁の一角にそっと手を当てた。

 その瞬間、彼の表情が変わる。瞳が異様な輝きを帯び、何かを“見てきた”ようだった。


しばらくの後、

「見えた!……犬のようなアンドロイドが、マシンガンを発砲している! あれは……未来だ」

 私は慌てて手帳を開き、設楽の通訳を一字一句逃さぬように書き留める。


「……小型のラジコンヘリが無数に空を飛んでいた。カメラがついているのか? 監視用なのか……?」


 佐藤が驚きに息を呑む。

 博士はなおも続けた。

「オリビア教祖が……ホームレスのような姿になっていた」


 その一言に、佐藤の顔色が変わった。

「博士! あなたはオリビア教祖を愚弄するのですか!」

 憤りを抑えきれず声を荒らげる。


 博士はきっぱりと返した。

「愚弄ではない、佐藤さんも手を当ててご覧なさい。とても信じられない光景が広がっていた。これは記録だ」


 佐藤は逡巡しながらも壁に触れた。だが彼に見えたのは未来の光景ではなかった。若き日のオリビア教祖と、傍には何かのスイッチの前で崩れ落ちる老いた男性。これは過去なのだろうか?


 その時、不意に奥から気配が近づいた。

 現れたのは、あの大男だった。


 佐藤が先に声を張った。

「あなた、源八さんですよね?」

 その言葉に、私ははっとする。何度も正体を探ろうとした試みは、いまようやく核心に触れた。しかし同時に思い知る。目の前の大男が源八であろうと誰であろうと、それ自体は問題ではなかったのだ。不安と焦燥が思考を濁らせていただけだった。


 佐藤は質問を続けた。

「宇佐美は帰還しましたが、他の住民はどうしたのです?」


 源八は、これまでと違い驚くほど丁寧に答えた。

「他の奴らもすでに帰してある。だが問題があって、少し先の時代に送ってある」


 博士が身を乗り出す。

「素晴らしい! あなたはタイムトラベルを理解しているのですね。お願いです、“土産”について教えていただきたい!」


 源八は首を振った。

「まずお前らには概念を理解できない。説明しても無意味だ。ここにいると、話している間に何日も経ってしまうからな。時間経過から逃してやってるんだ。もう帰れ」


 その会話の最中だった。

 博士は壁に触れるだけで飽き足らず、興味本位で指先を石に押し当て、さらに力を込めて削ろうとした。


 ゴリッ、と乾いた音が響く。

 石の表面がわずかに欠けた。


「やめろ!」

 源八の声が石室全体に轟いた。

「壁を壊すな! 記録が壊れる!」


 だがもう遅かった。博士は小さな欠片を掴み取り、息を荒げていた。


「これほど精緻な……!」


 源八は吠える。

「おうい! お前もか! 全員、穴から帰れ!」


 怒声と同時に、石室の床にぽっかりと黒い穴が口を開けた。


 佐藤、設楽、博士の順に、源八の手によって穴に突き落とされていく。

 私は反射的に手帳を胸に抱きしめ、次の瞬間、落下感に全身を持っていかれる。メモを取る間も無いままに。


 気がつくと、境内に立っていた。

 夜風が頬を打ち、湿った土の匂いが漂う。佐藤と設楽もそばにいる。


 だが、一人足りなかった。


「博士は?」


 境内に沈黙が落ちる。

 博士の姿は、どこにもなかった。

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