第7話 記録と手記
翌日、私と佐藤は近隣を聞き込みに回った。思うように情報が手に入る訳ではなく徒労も多い。
午後には夏の曇天が町を覆い、湿った空気に蝉の声が絡みつく。遠くで低く唸る雷鳴が、夕立前の重苦しい気配を知らせていた。
私は佐藤と寺の縁側に座り、手記を開き、近隣住民や信者家族の証言と照らし合わせた。
佐藤が口を開く。「この手記、明治の頃の新聞記者が残したものだな。『帳面を開き、風習を記録する内に眠りを覚えず。されど夢にて見しものは、筆に余る奇観なり。海の彼方より黒き鉄の巨船が空を飛び、街には無数の旗めき、火の舌を吐く機械が人を追う。これを記事にすれば紙面を賑わすやもしれぬ』とある」
佐藤が続ける。「夢の奇観は、新聞記者が取材途中で訪れた祠で見たものだそうだ。この当時はまだ旧日方邸の建物内ではなく、独立した祠だな」
私たちは近隣の信者宅を訪ね、行方不明者の最後の行動について尋ねた。
中年女性信者は静かに答えた。「宇佐美さんは、ある日突然家を出て。戻ってないんです」
別の家でも同じ証言が続いた。「山本さんは、出かけたっきりそのまま帰ってきてないんですよ」
どの家の証言にも共通していたのは、消失前に特別な変化や兆候はなかったことだった。
次に訪れたのは、80代の老人の家だった。私は緊張しながら椅子に腰を下ろす。
老人はゆっくりと口を開いた。「俺が子どもの頃、親から聞いた話だけどさ。親は明治時代に新聞記者をやってて、取材の途中に祠に立ち寄ったんだとよ。いつの間にか寝てしまったんだか、夢の中で海の向こうから黒い鉄の巨船が飛んできて、街には旗がはためき、火を吐く機械が人々を追う……そんな光景を見たと聞いたよ」
私は手記を開き、同じ内容を確認した。「なるほど、手記に書かれていた通りですね」
老人はさらに続けた。「でも、親から聞いた話には、それだけじゃなくてよ。子ども心にも鮮明に覚えているのは、空を飛ぶ大きな爆撃機の姿や、星条旗が立てられていたことだ、って聞いた。俺は当時、親が何を言っているのか理解できなかったけど、今思えば太平洋戦争の沖縄や硫黄島の戦局を夢で垣間見ていたんじゃないかと思ってる」
佐藤も静かに頷く。「手記にない情報だ。でも、現場にいた新聞記者の記憶として語られたものは、非常に重要かもしれない」
私はゆっくりと手記を閉じ、息を整える。過去の記録と、老人の生の証言が、静かに重なり合っていく感覚を覚えた。
寺に戻り、私たちは手記をそっと箱に置いた。空はますます重く曇り、湿った風が縁側をかすかに揺らす。
「この手記、そして証言……モダンや石室の存在と繋がっているのかもしれないな」佐藤が言う。
私は黙って空を見上げ、遠くの山並みを見つめた。過去の記録と今の現実が微かに交錯する気配を、私は肌で感じていた。
私たちは次の聞き込み先へ向かう。足音は湿った地面に沈み、町全体が時間そのものの呼吸を止めているかのようだった。
私たちは少しずつ過去の神隠しの全貌に近づいていった。
しかし石室やモダンの正体、なぜ人々が突然消えるのか、そして源八の存在は、まだ何一つとして明らかにはならなかった。
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