生態

夜になった。

 昼間から追い払っていたはずの虫が、壁の隙間や窓の端から、またぞろ這い出してくる。電気の明かりに群がり、床を這い、音もなく壁を伝って上っていく。殺しても殺しても減らず、むしろ目に見えて増殖しているように思える。

 それだけではない。今や、私の動きそのものが「合図」であるかのように、虫たちの出現が重なっていた。


 夕飯を作ろうと台所に立つ。

 まな板にキャベツを置き、包丁を振り下ろすたび、切れ目から黒い粒が転がり出る。葉の裏には小さな卵塊がへばりつき、潰すとぬるりとした半透明の体液が滲んだ。

 鍋に湯を沸かすと、既にその中で何かが揺れていた。白く溶けかけた幼生のようなものが浮き沈みし、熱で泡立つ湯の中で震えている。吐き気をこらえ、鍋ごと流しにひっくり返した。だが、排水口からは泡のように虫の束が逆流して這い出してくる。


 その動きは奇妙だった。あたかも「鍋を見張っていた」かのように、私の動作に合わせて湧き出してきたのだ。まるで、彼らの食卓に不法侵入したのが私であるかのように。


 食欲を失い、風呂に逃げ込む。

 浴槽に湯を張り、湯気が白く立ちこめていく。服を脱ぎ、足先を湯へ沈めた瞬間、ざらりとした異物感。湯の下で無数の黒い粒が蠢き、熱を好んで肌にまとわりついてくる。毛穴に吸い込まれるような錯覚に、慌てて飛び出すと、浴槽の湯全体が黒く濁って波打っていた。

 その濁流は、一瞬、人の顔に似た形をつくり、口を開けてこちらを真似するように「呼吸」していた。


 震えながら廊下を戻り、トイレに駆け込む。

 便器の蓋を開けると、白い細長いものが水に浮いていた。無数の虫が縄のように絡み合い、ひとつの塊としてゆらゆらと揺れている。凝視した瞬間、それらが一斉に水面を割り、こちらに向かって顔を上げたように見えた。

 その「塊」は、私の姿勢を模倣するかのように背を反らし、のちに崩れて便器の底へ沈んでいった。


 悲鳴を堪えてドアを閉める。背筋を汗が冷たく流れる。

 ――家全体が、もはや「やつら」の巣になりつつある。

 いや、違う。もしかすると、この家にとって、私は「寄生者」なのかもしれない。台所も風呂も便器も、すべては彼らの生活の場であり、私はそこに割り込んでいるだけなのだ。


山田観察記録(抜粋)


分類:不明(昆虫綱に類似するが未確認)

通称:「這うもの」


外形


体長:約5〜7mm


体色:黒褐色、光沢なし


脚:6本以上。7本以上の個体多数。体長の4〜6倍に達する細長い脚。


翅:未確認。飛行能力は不明。


生態


移動速度:クロゴキブリの2倍以上。急旋回時も減速せず。


音:乾いた摩擦音「かさり」。翅音に酷似するが、翅の存在は未確認。


食性:人間の皮膚片、フケ、衣類繊維など有機物を摂取。夜間に活動が活発化。


習性:光を避ける傾向。ただし観察者を意識した行動が認められる。


行動特性


群体形成:複数個体が絡み合い「束」となり、一つの生命体のように蠢く。


学習能力:叩こうとすると即座に回避。数日で人間の行動パターンを習得。


模倣行動:観察者の姿勢や仕草に類似した「形」をつくる事例あり。


社会性:台所・風呂・便所など、明確に役割を分担した「場」を利用する傾向。


危険性


接触時に皮膚へ線状の痕跡。掻痒感と軽い麻痺を伴う。


長時間の接触で知覚混濁、聴覚幻覚(「かさり」音の持続)を報告。


宿主が不在の家屋でも、音の残存が確認される。


備考


観察者(山田)の生活動作に寄生するかのように出現。


「食事・入浴・排泄」など、人間の営みに同調する周期性が推定される。


一部個体群は、家屋ではなく観察者自身を「巣」と見なしている可能性。


「やつらは分類不能。

私を記録するように、私もやつらに記録されている。

もはや、この家において、寄生しているのは私なのだ。」

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 寄虫の観察 奥左 @mio5306

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