5.4 ミルク
テトラスが落ちた場所は、美顔島南部の牧草地帯の一角にある農場だった。農場の主であるルヴァンは、テトラスを我が子のようにかわいがった。そして、テトラスはルヴァンを我が親のようにかわいがった。互いに頭をナデナデ。ナデナデ。
そして、ルヴァンと共にテトラスが尊敬するのは、牧場の牛たちであった。テトラスは彼等と同じように、ミルクを出したいと思った。日々彼等と行動を共にし、過酷な修行を積んだ成果で出せるようになった。
テトラスは牛たちに自身のミルクを飲ませた。
「もー」
テトラスには美味しいと言っているのが分かった。
ルヴァンにも飲まそうとしたが、彼は頑なに断った。彼は感じていた。
テトラスが牛たちと楽しそうに暮らしているのは構わないが、あまりに仲間意識しすぎていないかと。テトラスは牛ではない。一時間に一回は水に浸からなければいけない海の生き物だ。
何より、衣一つ纏わず、牛と共に四足歩行で歩き、そのミルクでパンパンに膨らんだ胸から乳を飲ますテトラスを見ていることが出来なかった。
恥ずかしく思う自分が恥ずかしいのか。テトラスが幸せならそれでいいじゃないか。しかし、自分がテトラスを止めてあげるべきなのだろうか。ルヴァンにはわからなかった。
テトラスは、ルヴァンが自身に抱いている戸惑いに気づいているようだった。牛たちのことは恋しいが、ルヴァンには代えがたい。ここはルヴァンのためにも、彼の前から立ち去るべきなのかもしれない。
そう思いテトラスは牧場を出た。
しかしすぐに体が渇いてしまい、道に倒れていたところを、運良く通った車に助けられる。車の助手席で目を覚ましたテトラスは、運転席に座った女性を見る。彼女はナタネという名前だった。
この時のテトラスにはナタネが自信を助けてくれた、心優しい女性だと思った。しかし、ナタネの心にもまた、テトラスに対する欲望が渦巻いていた。
ただ、ナタネの抱く欲望はこれまでテトラスを傷つけてきた者達と違った。その欲望は熱く、どろっどろだったが、ちゃんとテトラスを思いやる愛に満ちていた。
テトラスもいつしかそんなナタネに心を抱き、自身のミルクをしきりに飲ませたがった。ナタネもまた嬉々として飲んだ。
そんな関係が五年も続いたころ、ある日、いつものように朝食のミルクを飲んだナタネが倒れた。目を見開き、ブクブクと泡を吹いて、遂には力尽きる。
そう、テトラスの出す乳は本来では出るはずのない、いわば無理をして出す乳だ。それを飲んだ人間には悪性の物質が溜まり、飲み過ぎると体に毒だった。
五年もの間乳を飲み続けたナタネの身体はすでにボロボロだった。
「ナタネ……ナタネ……!」
テトラスの心を悲しみの嵐が吹き荒れる。丁度、南部に襲来していたハリケーンが、二人の家の屋根を吹き飛ばす。再び空を飛ぶテトラス。この子はまた大事なところで空を飛ぶ。
遠い地面、しばらくぶりに体験する景色を懐かしいと思ったのも束の間。隕石のように、30度ぐらいの角度で飛来するテトラスの身体は、美顔島ディストピア高校の校庭へと落下する。
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