5.3 テトラポット生まれ、牧場育ち
テトラポットとは、海岸に置かれる波を止める用の、マキビシみたいな形のヤツである。
コンクリ製のものに紛れ、奥の方に、半透明で水色のテトラポットがいくつかあるのは、知る人ぞ知る情報である。中には海の赤ちゃんが眠っている。
その年の夏は台風が何度もやって来て、強い波が打ち付けていた。打ち付ける波に鍛えられ、大きくて立派な子が生まれてきた。その子には、テトラスという名前が与えられた。
すくすくと成長したテトラス。しかし、十歳を少し超えた頃になると、自らの身体が他の子と違うことに気づく。身長は元々大きかったが、大人びた体になるのがやたらと早かったのだ。
大人として完成したと思いきや、成長は止まらず更に、ふくよかな体へと成長していく。
テトラスは自身の特異性を恥じた。元々活発な子であったが、口数も少なくなっていた。
両親は「周りのことは気にするな。こんなに素晴らしい、立派な体じゃないか」と、テトラスを励ました。しかし、歳の近いテトラ坊が彼女を奇異の目で見るのも確かであった。
テトラスは誰も自身を得意に思わない世界を夢見た。楽園はこの海岸ではないと思った。しかしテトラポットの防御のない、外の世界に一人で旅立つことは、あまりにも酷である。
事態は思いもよらぬ来訪者によって打破される。
このごろ港には密漁業者が度々訪れていた。彼らは主にアワビやイセエビなどの高級魚を狙っていたが、あくる日海岸を訪れると、一人の少女が浜辺を歩いているのを見つけた。そう──テトラスである。
海の妖精であるテトラ坊たちと違い、テトラスには人ほどのサイズがあった。その大きさのせいで、人間には見つけられるはずのないテトラ坊が、見つかってしまった。
密漁業者たちは浜辺を歩くテトラスの美しさに心を奪われた。奪われただけであればいいものの、元々心のあった空洞には欲望で満たされていった。そしてその欲望は、まだ幼いテトラスにとって、とても恐ろしいものだった。
トラックに担ぎ込まれ、連れていかれるテトラス。本来海の生き物であるテトラスは「肌がひび割れてしまいそうだ。水をくれ」とかすれた声で呟いた。ペットボトルのミネラルウォーターをかけられるアトラス。ちと塩味が足りないが、生き返る。
しかしそのまま息絶えてしまった方が幸せだったのかもしれない。彼らの根城に連れていかれたテトラスは、水槽の貝やエビと一緒に飼われた。ただ、ペットとしての愛でであればいいものの、彼らの愛は違う形で表現される。
つらい日々を送るテトラスだったが、真珠のように透き通ったその心が折れることはなかった。いつかここを出て、幸せな生活が待っていると信じ続けた。
そしてテトラスを産み落としたのと同じように、救い出したのもまた空の気まぐれだった。倉庫のある街を襲ったハリケーン。倉庫の屋根がバリバリとはがれて行く。突風に巻き上げられたテトラスはしばらく空を漂い、遠い地面を眺めていた。
テトラスを持ち上げていた力が消え、突如近づいてくる地面。テトラスの身体はふわふわとした牧草に包まれることになる。
そして目を開ければ、眼前に垂れ下がったソレ。あたりを見回せば、同じようなソレが垂れさがっている。ソレらはテトラスのソレよりもさらに大きかった。
やっと仲間に出会えたと喜ぶテトラスが思わず、眼前に垂れているソレを咥えたのは言うまでもない。咥えると、甘い液体がのどを潤した。ごくごくと飲み干す。
「ぷはっ」
口を離すと、ピンク色の先っぽに白い液体が付いている。
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