4.7 居残りで補習
「……バラクーダ先生」
「もう、恭子先生って呼んでって、いつも言ってるでしょ?」
明らかに授業をサボっていそうな私たちを見つけても、いつものにこやかな笑みを浮かべている。恭子は学校一の人気教師だった。生徒も皆彼女を慕っているが、僕には少し彼女の笑みが不気味に思える。
「三人は、ここで何してるの?」
怒ってる感じではなく、優しく聞いてくる。
「とあるクソ男の殺害計画を練っている──」
ペラペラしゃべり出す風船さんの口を塞ぐ。
「授業を見学してたんです」
サクが急いで説明する。それはそれで良く分かんないけどな。
「へー」
扉越しに教室の中を覗き込む恭子先生。タイトなスカートに包まれた臀部が突き出されている。
急いで目線を変えるけど、風船さんとサクもがっつり見てたので、僕ももう一度見ることにする。
「皆、ひょっとして今暇だったりする? ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど」
振り向いて微笑む先生。
「ぜひ」「喜んで」
食い気味な風船さんとサク。やはり、恭子先生は皆に人気だ。
二人はちょっと……変わってるけど、女子生徒にも人気があった。
「手伝いって何ですか、先生」
「んー……着いてからのお楽しみ」
授業中にもかかわらず廊下を歩く僕ら。先生に先導されてるから合法なはずだ。
向かった先は職員室。入っていく先生。
「おつかれさまです。恭子先生」
「恭子さん!」
黄色い声援にも似た挨拶。作業で忙しそうな先生たちが皆振り向いて、先生に挨拶をする。後ろを歩く僕らまで人気者になった気分。
「伝導室使うね」
「はい」
若い女の先生──恭子先生の秘書のような人だ。何やら確認を取って
「行こ」
職員室の更に奥深くへと向かう。
何か部屋があるのかとでも思ったけど、そうでもなく、床に大きな四角がある。
「おいしょ」
四角い部分はやっぱり蓋になっていて、開けると暗闇が続いていた。
「これは……」
「ちょっと地下倉庫から運び出してほしいものがあって。皆若いからパワーあるでしょ?」
踏み入れた暗闇。恭子が壁に会ったスイッチを押すと、ライトが付いたがまだ薄暗い。
石造りの通路。ネズミでも駆け抜けていきそうな物々しさがある。
「そろそろつくよ」
指差した先には鉄の扉がある。所々さび付いて茶色くなっている。
鉄の扉──嫌な気配しかしない。
しかし、風船さんとサクを見るとワクワクした表情だ。
まあ、ここは学校だし食べられはしないだろうと、僕も後に続いて部屋に入った。
◇
──先生、私、先生のこと愛してるよ。
揺れる映像の中で女子生徒は、ふわふわとした表情だった。
顔より下、画面の外では重なった体が動いている。
今も見返す映像がある。
可愛い、可愛い、教え子を撮ったビデオ。
みんな可愛いけど、飛び切り可愛かった。
ほら、憎らしいほど可愛くなるって言うでしょ。
彼女は私の教えを理解しようとしなかった。
ほら、映像の中の彼女も、凄く下手な演技をしている。
最初は反抗していた彼女も、心が折れたのか理解しているふりを始めた。
しかし、心が折れてもまだ、身体は感じないままの様だった。
──こんなの初めてだった。
──どうして私の教えが理解できないの?
私の理念や、教鞭の腕に間違いはないはずなのに。
これは彼女が怠惰なせいだ。
私が特別に与えた宿題も、きっとサボっているに違いない。
だったら、サボらないように監視しないと。
教科書の勉強なんてしてる暇ない。
彼女には特別に、集中講義をしてあげないと。
◇
薄暗い地下室。
スクリーンに映し出された映像の中で、少女がわざとらしい声を上げている。
その少女はたった今、スクリーンの前でつるし上げられている。
心ここにない表情。
開かれた口からは唾液が零れ落ちていて、コンクリートのタイルに染みを生んでいた。
何か稼働音がするのは、プロジェクターと空調機の音だけではない。
「私、今まで気付いてなかったんだけど、彼女には友達がいないの。だから、恋愛にも興味を持てないままなんじゃないかって。だから、この子のお友達になって上げて欲しいの」
暗闇に浮かぶ恭子の笑みは、やはり不気味だった。
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