3.12 獣

 買い出しから戻ってくると、厨房がやたらと騒がしかった。

 店員の彼女らが皆、モニターの前に集まっている。

「見てください」

 そこに映し出されているのは監禁部屋の光景だ。

 店員の女性が二人、身体を縛られて座らされている。全裸の男女がそれぞれ、カッターと鋏を持って彼女らを脅している。

「人フライの注文が入って、下準備をして衣咲さんが返ってくるのを待っていたんですが……逆に彼女らが拘束されてしまって」

「くそっ……」

私がもう少し早く帰っていればこんなことにはならなかっただろうに……!

 緊急事態だ。

「犯人に告ぐ! 貴様らの目的はなんだ!」

『犯人って……うちらが最初に襲われたんだけどな』

 モニターの中の女が話す。監視カメラを見上げ、レンズの向こうの僕らを見るように。

『うちらは只、服を返して解放してほしいだけなのに、そっちがダメだって言うから』

 突きつけた鋏をチラチラ動かす。

「常連の舞星さんの注文何です」

 キッチンの外に目を向ける。椅子に座ってスマホを眺めている高校生。

「舞星さんの注文なら、蔑ろにはできないな……」

 常連中の常連、常連を具現化したような存在である、あの方の注文が出せないなど……それは常連と言う概念の存在に疑問を呈すことになる。

「な、やめなさい!」

 スタッフの声にまた眼をモニターに向ける。

 女の口元が拘束された店員の頬に向けられる。ちらっと出たベロが肌をなぞる。

 ひぃ……と顔を退ける店員。

『早く解放しないと、今度は逆にうちらが、この子たちのこと食べちゃうよ?』

 そう言って浮かべた笑みは、とても邪悪なモノだった。

 ああ今女の脳内にはとても下品な考えが駆け巡っているのだなと──感じさせるような。

「ダメだ……!」

 モニター前の私は思わず悲鳴にも似た声を漏らしていた。

 女は、倉庫に置いてあった段ボールから取り出したのだろう。ストックしてあった砂糖の袋を掲げる。その切り口を切り、店員の口元へ。

 校内に大量の砂糖を注がれた店員はむせ返る。女はその口を押え

「飲むんだ!」

 鋏を突きつけ、食べるよう強制する。店員は、目に涙を浮かべながら砂糖を飲み込んだ。

 あんなに大量の砂糖──普通に気持ち悪くなりそうだし、血糖値がヤバい!

 女は再び、店員の頬を掴む。

「こんなに綺麗に手入れされた肌も、明日の朝には砂糖の取り過ぎで、ニキビまみれだろうな! ひえっひえっひえ!」

 そんな──美しい彼女が汚されるなど!

 その綺麗に生クリームを塗ったスポンジのように美しい肌は、日ごろの努力によって成り立っているというのに、それを台無しにするようなこと!

 これ以上食べたらニキビが出来そうだからと、スイーツを我慢するような夜もあったはずだ。単純に太るし。

『……やめなよ』

 共犯であるはずの少年も、なぜか女を非難する立場になっている。

『ひぇ、ひぇ、ひぇ!』

『きゃっ……!』

 今度は自身の頬を店員の頬にこすりつける。ファンデーションで隠されているが、そこには小さな赤い膨らみ──ニキビがある。

『あ、イテ、潰れた。やべ……跡になるかも』

 ニキビがつぶれて出た黄色い液が女の頬を伝っている。店員の頬にも付着していた。

 こいつ──あの、自分の汚らしいニキビをうつす気だ。

『やめて……!』

 おまけとでも言うように、店員の肌に砂糖を塗り込む女。

 メイクの代わりにザラついた砂糖が張り付く。

「衣咲さん! いつものように、あの女を一瞬で揚げてしまうことはできないのですが?」

「……だめだ、画面越しではできない。どうにか目視しないと」

 しかし監禁部屋には窓がない。

「扉を開けた一瞬で、女を視界にとらえられれば可能だが」

 向こうはカッターを持っているようだし、刺殺するより早く、揚げ上がるかどうか。

 だがしかし……やらなければならない。

 私の大事な彼女らを傷つけようとする、あの悪魔のような女は……私が今まで探してきた存在だ。

 ナタネや屋敷の皆に襲い掛かった──獣だ。

『おい、喜入君』

『何? 巻き込まないで欲しいんだけど』

 名前を呼ばれた少年は、嫌そうな顔をした。

『その人のこと、立たせて』

『え……』

『うちらがどんな酷いことするか、向こうの人たちに見せてやらないと。まだ解放してくれないみたいだからさ』

『平和に解決したいな』

『その人のことって言ったのに、喜入君のが立ってる』

『また下らないことを……立ってないしね』

『ちょっとピクってなった……どんな酷いことしたいの?』

 画面の向こうの二人が、犯罪コンビとして成立し始めている。

「ダメだ……行きましょう」

「はい。私も一緒に」

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