3.4 裏メニュー

「風船さんとカフェで語らうほど無駄な時間はない」

「二の轍を踏んだな」

「無駄足を踏んだな?」

「ザビエル像を踏んだ」

「キリスト像にしないと意味ないんじゃないかな。キリスト教徒だけどザビエルのことは何とも思ってない人もいると思うよ」

「ザビエルも嫌われたもんだぜ。やっぱり剥げてるのが良くないのかな? 脇毛くらいなら分けてあげてもいいんだけどな。それだと、頭に植えたらチリチリでテンパみたいになっちゃうからな。マーク・ザッカーバーグみたいになっちゃうよ! でもイーロン・マスクよりは好かれてるからいいかな。松ぼっくりの五十メートル走だな」

「9秒50。アー、100mだったら世界新記録だけど50mだと遅い!」

「もう、訂正もしてくれなくなっちゃったんだね」

「ノリがいいから」

「酔いそうな乗り心地」

「吐いたら楽になる、永遠にね」

「そのつまらないノリで、いったい何人を殺してきたというの?」

「みな笑い過ぎて、天国に旅立っていったよ」

「私のことも天国へ連れてって」

「君は特別に、この特大のペニっさんで昇天させてあげるよ」

「急に下ネタ」

「本気だと受け取ってくれて構わない」

「きもっ」



 カランコロンカラン。ありきたり過ぎて古臭いような、開閉音がした。

 ショートケーキを食べ終わるころ、やっと僕ら以外のお客がきた。

「一人です」

 その子は僕らと同じ制服を着た小柄な女子生徒。

「同じ高校かな?」

「学校サボるなんて良くないね」

 観葉植物の向こうに見えるその子の姿をチラチラ見る。

風船ふうねさんだけには言われたくないと思う」

「私もそう思う」

 学校鞄を肩に下げたのその子は、僕らの斜め後ろの二人掛けの席に案内された。

 椅子に座ると、スマホを触り始める。

「……声掛けて見たら? 友達になるチャンスかもよ」

「えー」

 急に気弱になって肩をすくめる風船さん。シャイだな・

「彼女もサボってるぐらいだから、似たような境遇なのかも」

「かなあ」

「それにこの、巨乳がコンセプトのコンセプトカフェに来るぐらいだから」

 繁華街の奥の方にあるこの店にわざわざ来るくらいだ。変わってる。

「お待たせしました。コーヒーです」

 トレーを持った店員さんがコーヒーカップとケーキをテーブルに置く。

「ごゆっくり」

 一礼した店員さん。すると、女子生徒は店員さんに向かって手を伸ばし、胸を一回触る。

 何事もなかったように立ち去る店員さん。

「え、あんなサービスあるの?」

「嘘、お触りNGだと思ってたのに。あの子、いくら積んだ?」

 僕らがあまりにじろじろ見てたせいか、女の子も僕らに気づいてこっちを見た。

 しばらく互いをジッと見合う時間がある。

 授業時間に学外で同じ学校の生徒に会うことに、警戒心を感じてる。

 お互い、別にチクったりはしないですよ、という。

 ──沈黙を破るように、女の子の右手が上がる。指をパチンと鳴らす。

「なぜ?」

 すると、キッチンの中からさっきの店員さんが出てきた。

 その手には黒いファイルが抱えられている。

「裏メニューです」

「ありがとう」

 女の子が黒いファイルを受け取る。

「裏メニューだ!」

「裏メニューのこと裏メニューとか言っちゃうんだ!」

「ふっ」

 こっちを見て不敵に笑う女の子。

「まさか、私の方がこの店の常連ですよ? とでもいうように……!」

「僕らのことをけん制してる?」

 また右手を持ち上げ、指を鳴らした。

「コーンポタージュの女体盛り」

「コーンポタージュの女体盛りいっちょ入りました!」

 キッチンの向こうからカフェでは聞いたことのない、威勢のいい掛け声が聞こえる。

「スープってどうやって女体に盛るんだろう?」

「熱そうだし」

 少し経つと、車輪付きのでっかい鉄のテーブルに乗せられた、裸の女性が運ばれてくる。テーブルを押す、さっきの店員さんも裸エプロンになっている。

「ありがとう」

 重鎮のような声音で礼を言う女の子。テーブルの前に運ばれた女体盛り。

 女の子は手を合わせると、寝かされた女性の臍に口を近づける。そして、チュっと吸う。

「美味しかったよ」

「ありがとうございます。お下げします」

 下げられていく女体盛り。

「めっちゃ一瞬だった!」

「女体にスープなんて盛るから!」

「うーん、どれに仕様かなあ。常連過ぎて何でも頼めるから、逆に迷うなあ……」

 メニューを片手にわざとらしく、うんうんと頷く。また手を上げて、指を鳴らす。

「いちいち腹立つな」

 キッチンから出てきた店員さん。

「お待たせしました。いかがされますか」

「あちらのお客さんを頂きたい」

 指さされた先は──

「え、うちら?」

 僕らしかいないもん。

「嘘でしょ! そんな怖い話みたいなことあるの?」

「注文の多い何とやらみたいだね」

「何で冷静なのさ!」

 あたふたしてたら、キッチンの奥からぞろぞろ人が出て来る。

 皆胸の大きなお姉さん。

「どこにこんな大量に隠れてやがった!」

「ゴキブリみたいな言い方!」

「こんなゴキブリがいたら、養殖するよ!」

 たちまち店員さんたちに取り囲まれてしまう。

 誰かに羽交い絞めにされるけど、大きすぎる胸がつっかえて上手く腕が回り切らないみたいで、別のお姉さんにも抱えられ──向かいでも風船さんが同じような目に会ってる。

「結構、幸せかも」

「なんかどんなことされるのかワクワクしてきた」

「あー! 行かないでー!」

 アトラクションを楽しむみたいに、フリだけ手を伸ばしてみる。

 ──まさかあんな恐ろしい目に会うとは思いもせずに。

 ──言い過ぎました、そんなに恐ろしい目ではありませんでした。

 ──きゃー、やめてー!!

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