3.3 凄いことになってる
「安心して、私も結構好きだから──他にはどんなのが好き?」
「もう、これ以上踏み込んでこないで」
「私は、わけ合って一緒に暮らすことになった同い年の子に、そういう視線を感じながらも、気にしてない振りをしながら実はちょっと嬉しく思ってたりして、そういうモジモジした感情をお互い抱きながら、触れることはないまま、だけど、着替えてる時の下着姿とかを偶然見ちゃって、夜ベッドでそのことを思い出して、しかもその相手はなぜか隣で寝息を立てていて、その綺麗な寝顔に見惚れながらも──、一文が長すぎて分けわかんなくなってきたから切り上げて良い?」
「ご自由に」
「自由って大事だね。スタチュー・オブ・リバティー。自由の女神は俺には振り向かない。オージーザス。ジーザスさえも俺には振り向かない。一体だれが振り向いてくれるんだろう。首関節の最も柔らかい人はどこにいるんだろう。あ、いた」
僕を指さすと、頭を掴んで首をねじってくる。
「そうでもなかった。そんなに柔らかくはなかった。私のおっぱいのほうが柔らかい。おっと、とても下らないことを言ってしまった。下っていった先に待ち受ける、奈落の悪魔には首が二、三本ある。二本か三本かどっちからはからない。なぜなら、その悪魔はずっと首を振っていて残像が見えてしまっているからだ。おっと、残像で増えて三本になっているのなら、元の数は三より少ない二本じゃないか。そう考えると、一本かもしれないぞ。いやゼロ本かも。いや、ゼロだったら残像で増えようがないから、ゼロはあり得ない。ということは一か二だ。一か二。おっと、解答欄が小っちゃすぎて、一か二とは書けないぞ。どっちかだけにしよう。でも悩むな。一にしようか二にしようか。ちょっとそこの君。とても賢そうな顔で座っているじゃないか。そんな利口そうな君に聞いてみよう。どう思う?」
「自由だからってなんでも話していいわけじゃないからね」
「自由とフリーダムをはき違えていたよ。あー喋りすぎて顎痛い。ボラギノールちょうだい」
「てめーの口はケツの穴なのか? あーもうやだ!」
頭を抱える。
「なんでこんな中身のない会話のために、人生の貴重な時間を使わなきゃいけないのだろう。教室では皆頑張って勉強してるのに! よく考えたら、風船さんはよく朝からパフェ食えるね!」
「喜入君もケーキ食べてるじゃん。まだ一口も付けてないけど」
「いただきます!」
「ケーキの向こうに見える、可愛いあの子のことも食べちゃう?」
「胃もたれしそうな脂っこい女だ」
「まー、時代遅れも甚だしい、むしろ一周回って新しいんじゃないかというような、だけど芯をついた的確な悪口! 的確かつ斬新!
「うるさい……頭がおかしくなりそう」
「親友にも同じこと言われた」
「その子は多分親友ではないと思う」
「私は親友だと思ってたけど、相手は私のことずっと嫌いだったって。でもさ……なら、風船ちゃんのこと嫌いだよって、言うってくれればいいのに……そりゃ、そんなこと言われたら悲しいよ? でも、突然離れて行くよりは……」
「僕も風船さんのこと嫌いだから、離れて良い?」
席を立つ。
「まって、行かないで!」
テーブルに身を乗り出して、手を掴まれる。
「やっと……こんな偶然な出会いだけど、友達が出来るって、思ったのに!」
テーブルとの間に胸が挟まって、凄いことになってる。
「風船さん……」
「……どこ見てんの?」
「心の奥」
「奥を見ずとも私の口からぼろっぼろ出て来てるよ」
「そんなゲロみたいに言わないで」
「あなたがゲロ見たいって言わなきゃゲロみたいにはならなかったはずだ!」
「……そうだね」
「私の綺麗なはずの思いのたけ」
じっと澄んだ目が僕を見ている。僕もその目を見る。
「仲深まったかな?」
聞いてくる。聞かずとも分からなそうだけど、彼女の眼は疑問を抱いたままだ。
意外とシャイならしい。
「……僕は正直、風船さんのことが苦手だけど、おっぱいの大きな子は好きだから──だから、風船さんのこと嫌いにならないよ」
「汚ったねえ思いが口からボロボロ零れてやがる」
「これが僕の思いのたけ」
嘘だ。本当は──別に風船さんのそういう頭のネジが外れたところ、嫌いじゃないし──むしろ好きなのに。
風船らしいところが好きって言うのが、おっぱいを好きって言うのより恥ずかしいのは──人間の悲しいところかも。真面目なことも茶化したがる。
そんな僕の心の内を見透かしてかは分からないけど。
「おっぱいは裏切らないからな。おっぱいを慕う感情も──なら、私は安心」
とても清々しい笑みを浮かべた。
「お祝いにケーキ食べな。新生喜入君誕生記念」
「どっちかいうと、前に進んだのはそっちの方じゃない?」
また椅子に腰を下ろす。
「一緒に進んだ」
「退化した気もするけど」
「気のせいだよ。生きて歩き続ける限り、退化することなんてない。ちょっとずつだけど前に進んでる。進んだ先に崖があるかは別としてね。崖から落ちたら、向こう側の壁に当たっておでこを押しつけながら歩き続ける。ゲームのバグみたいにね。そこに何の比喩もないさ」
「早く学校に行って有意義な時間を過ごそう」
「不登校の子が聞いたら泣くぞ」
「風船さんとカフェで語らうほど無駄な時間はない」
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