3. 巨乳コンセプトカフェ

3.1 サボり

「あー学校だわ。いやー、学校だ」

 校門を通り、校舎を見上げ、独り言つ風船ふうねさん。

 もう一限目はとっくに始まってる。あの後も風船さんがやたらとちょっかいを出してきたから、家を出るのにいつもより時間がかかった。

喜入きいれ君はこのまま授業に出る気? それとも今日は諦めてサボる?」

 校門で足を止めてなかなか進もうとしない。

「喜入さんのキャラがまだ良く分かってないんだけど、結構ヤンキーだった? 僕もう行くよ?」

 ふざけてるだけだろうと思って、足を進める。

「ちょっと蔑ろにしないでよ。もし私が実はいじめられてて、学校に行きたくない感じだったら、どうするの?」

「……いじめられてるの?」

「別に、友達はいないけど」

「聞いて損した」

 置いといて、僕だけ行こうとしたらまた呼び止められる。

「こんなに、可愛くてスタイルの良い私に友達がいないことに、疑問を感じるべきじゃない?」

「可愛くてスタイルが良すぎるから妬まれてるんじゃない?」

「そうかも……じゃなくて!」

「じゃなくて?」

 手をぶんぶん振って、駄々をこねてるみたい。

 ──やっぱり僕にはまだ、風船さんのキャラが分からない。

 膝をかがませて振ってた手をぴたりと止める。冷静な表情で立ち直る。

「場所を変えよう」

「結局授業はサボるってこと?」

「私真面目だからいつも時間通り来てたのに、遅刻してみると、なんか行く気なくなるもんだね」

「僕は真に真面目だから、早く教室に行きたいな」

真真シンシン

「……僕、風船さんのこと凄く好きになれる気がする」

「こんなにわかりやすい皮肉初めてだ」

「で、どこ行くの?」

「同級生に絡まれるのをめんどくさいなと思いながらも、付き合ってくれるその姿勢、私の元カレも見習うべきだったよ」

「前は恋人がいて、今は空いてるよという、巧妙なアピール?」

「……私別に喜入君のこと狙ってないけど? え、何? 勘違いさせちゃった? ごめんね、私喜入君みたいなしょぼい男、興味ないから」

「ここぞとばかりに揚げ足を取ってくるね」

「取れるとこで取っとかないとね」

「僕は風船さんみたいな、しょぼい女の子も好きだな」

「ありがとう、しょぼいって言ってくれるなんて、嬉しい」

「しぼみ女」

「膨らみもしないくせに」

「……校舎の前でこんなに立ち話してる制服着た生徒がいたら、授業中なのに何やってんの? って怒られるよ?」

「喜入君の世界の登場人物は皆、怒りっぽいね」

「早く行こ? 場所変えるってどこ行くの?」

「ジャンプしてみたら、次の瞬間には場面転換してるかも」

「古い」

「揺れる私のおっぱいをしかと見よ」

「吐きそう」

「吐いたら楽になる。永遠にね」

「その胸で何人殺してきたの?」

「天国には登らせてきたさ」

「急に下ネタ」

「そう受け取ってくれて構わない」


 連れていかれたのは、天国ではなくカフェだった。

 繁華街の奥の方、名前は“Heaven’s Door”。名前には天国が入ってた。

 開けたら死地に至りそうな扉も、風船さんは気にせず開ける。

「いらっしゃいませ」

 駅前にあるのもあって、こじんまりとした店内だった。

「良かった空いてて」

 平日の昼間なので客は少ない。少ないというか、僕と風船さんだけ。

 そのことより驚いたのは、店員さんの格好だった。

 レジに立って僕らを出迎えた女性。風船さんに劣らず、立派な胸をしている。

 服の出っ張った胸元はハート形にくりぬかれていて、肌色の柔らかそうな部分が覗いていた。

「二名です」

「二名様ですね」

 風船さんについて席に座る。鞄を置いて、メニューを広げ始める風船さん。

「喜入君何にする? 私コーヒーとパフェ」

「じゃあ、僕も同じので」

「同じはヤダ」

 ……メニューを眺める。

 反り立つチョコレートパフェ、君の赤いイチゴショートケーキ……写真は普通なのに、どれも名前がおかしい。

「じゃあ、このショートケーキとコーヒー」

「すみません」

 呼ばれた店員さん。今度は冬なのに肩だしの服で、胸元も半分出ている。

「私、ホットコーヒーと反り立つチョコレートパフェ。喜入君は?」

 言えってことだな。凄く良い笑顔だった。

「僕もホットコーヒーと、君の赤いイチゴショートケーキで」

 メニューを取った店員さんの背中が、キッチンに消えて行って。

「動揺してらっしゃいますか」

 顔を上げて、嬉しそうに僕を見る。こいつわざとだ。

「ここは巨乳がコンセプトのコンセプト・カフェです」

「なんでもコンセプトにできると思うなよ」

「営業形態としては只のカフェよ。ただ、店員さんのスタイルが良くて、ちょっと変わった格好をしてるだけ」

「そうやって法の目をかいくぐる気だな……の割に人気ないね」

「さすがに朝はお腹いっぱいなんじゃない? 私も平日の朝に来るのは初めて」

「あと、コンセプトカフェの割に、メニューは名前が変なだけで形状とかは普通だし」

「あんまりやると普通のカフェの域を超えるから。そこそこノーマルな空間の中で、公然と下ネタを言える場を提供してくれてる辺り、ホントに素晴らしいカフェだと評論家の間では好評だよ」

「僕も評論家になりたいな」

「店員さん可愛いでしょ」

 自分事みたいに自慢げだ。

「風船さんもここでバイトしてるとか?」

「別に。仲間がいっぱいいて落ち着くだけ」

「風船さんは人工可変式でしょ。何、仲間意識抱いてんの? 彼女らはちゃんと己の才能をもってして……」

 これ以上言うと気持ち悪くなりそうだからやめておこう。

「──彼女らが天然ものだと思う?」

「……まさか、ここの店員さんも風船さんと同じで──何者かに改造された?」

「嫌、別に天然だと思うよ。シリコンとか入れてるかもしれないけど」

「何のフリだったの?」

「落ちたね」

「落ちてないよ?」

「しっ──受験生が聞いたら落ち込むかも」

「僕らしかお客さんいないよ」

「それな」

「あと、落ち込むで落ちるって言ってるし」

「ミスっちゃったし!」

 頭に拳をポコンと当てて、ベロを出す。

「何のキャラ?」

「お待たせしました」

 注文が運ばれて来た。

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