2. 昨晩のこと
2.1 同じベッド
「お邪魔します」
扉を背中で支えながら、スーツケースを運び入れる
「貸して」
受け取って車輪をタオルで拭く。
「ありがと」
会うのは、こないだ喫茶店で顔を合わせて以来。
再婚するつもりだと母親に告げられ、
『相手の娘さん高校同じで同い年らしいよ。
『ああ、あの子かな』
僕は頭に彼女を思い浮かべた。ちょっとした喜びと緊張を感じたのを覚えてる。
それから彼女の父親と、彼女と四人で顔合わせをした。
父母は僕らの相性が凄く悪かったりしないだろうかと心配してたみたいだけど、連れ子の振る舞いは僕も風船さんも慣れてる。
同じ高校の子と私服で休日に会うことと、これから家族になるかもしれないことに、どこか落ち着きのなさを感じながら、なるべく和やかに過ごす。やたらと喉が渇いてコーヒーを口に運ぶ。
それで今朝、二人がうちのマンションに引っ越してくることになった。
そもそも僕と母二人で暮らしていた部屋に四人で住めるのかという事だけど。
新婚に浮かれる二人は、生活の準備も適当に、休暇を取って新婚旅行に出てしまった。
家財を運び入れると、
『じゃあ、飛行機間に合わないから、もう出かけるね。後はよろしく』
と玄関の扉の向こうへ。
「二人とも凄い浮かれてるね」
「そうだね」
残された僕と風船さん。スーツケースは取り合えずリビングに運び入れた。
部屋もベッドも僕と母のしかない。
「……落ち着いたら、四人用の家に引っ越すつもりなのかな」
「うちのパパ、そんな金ないよ」
「じゃあまあ、しばらくは、狭いけどこのままでどうにかしないとだ」
「パパとお母さんは一緒の部屋で良いだろうけど……」
二人首をかしげる。
私と
「取り合えず、喜入君の部屋に荷物置かせて」
「そうしよっか」
「ベッドは……今から買いに行くのは、遅いし面倒かな。運べないし」
時計を見上げる。18時。
「あのソファーは寝てもいいソファー?」
「いいけど、寒くない? 毛布は出せばあるけど」
「まあ、一晩ぐらい大丈夫」
「母さんのベッドで寝たらいいんじゃない? 今晩いないし」
「……」
微妙な顔。
「嫌なの?」
「いいずらいけど……四十過ぎた人のベッドで寝るのはちょっと」
どういうこだわりだろう。
「綺麗だよ? 綺麗だけど……歳は感じる。なんか、同じベッドで寝たら老けそう」
寝てる間に布団に歳が染みついてるのかな。
「母さんには直接言わないで上げてね」
「言わない、言わない。それか、あれだね。私が喜入君のベッドで寝て、喜入君はソファーで寝る」
母さんのこといじって、ちょっと楽しくなったのか、今度は僕のことをいじってくる。
「なんでよ僕のベッドなのに。というか嫌でしょ、僕ので寝るの」
「別に嫌じゃないけど」
「……母さんのベッドで寝るのは嫌なのに?」
高校生男子のベッドで寝るのは良いの?
フケとか脂とか男子臭とかよっぽど染みついてるだろうに。
「喜入君は何か、ミントの芳香みたいなのを放ってそう」
褒められたのかな。
「じゃあ、僕がソファーで寝る?」
「喜入君みたいな、キュートなボーイを一人でソファーに寝かすなんて、レディーとしての名が
ボケてるのかな。意外とボケる性格なのかも。
「家族になった記念に一緒に寝よっか」
一緒に寝よっか……言われて、体の奥の方がドキッとしてしまう。
変な想像をした。
「冬だし。二人で寝た方があったかい」
「……」
「喜入君が嫌じゃなかったら」
嫌とは言えない。
「嫌じゃないけど……僕も風船さんが嫌じゃないなら」
そこで、風船さんはマジかって表情をする。
多分、風船さんも冗談で言ってたつもりなんだろう。僕の『風船さんが嫌じゃないなら』に同じように『嫌とは言えないな……』って思ってる。何となく、ざまみろ、と思う。
「じゃあ、そういうことにしよっか」
笑みがちょっとひきつってる。
風船さんの変なボケのせいで、一緒に寝ることになった。
といっても、まだ夕方だ。
夕食とかはさんで『さっきのはやっぱりなしね』って言えばいい。
ナノに変な緊張感のせいか、お互い切り出せないまま寝る準備を整え、ベッドの前に立っている。
風船さんはジャージ姿。僕は寝間着。天井のライトが凄く明るく感じる。
僕の部屋に彼女がいて、二人同じベッドを見下ろしている。
「先どうぞ」
「はい」
促されて、掛け布団の下に足を入れる。壁際に寝そべる。
「お邪魔します」
隣に寝転ぶ風船さん。キシリと音が鳴ってマットレスが沈んだ。
二人、電気がついたままの天井を見上げる。寝転んでるだけなのに、凄い体が硬くなった気がする。
このままじゃ変だなと思って、掛け布団を被せる。寝転んだ彼女の身体、シャツが下に落ちて体のラインを形作る。その胸元に普段の面影はない。ジャージは着たまま寝るんだな──以上そんな光景を掛け布団で隠す。
「電気消すよ」
風船さんの身体の上を、手を伸ばしてリモコンを押す。
戻って、布団に入り直す。
肩が触れ合わないギリギリの距離。広がった髪の毛が耳のすぐそばにある。
すぐ隣、ジャージからは彼女の芳香がする。
布団の中の熱には彼女の熱が混ざっている。凄く熱く感じるのは二人分なせい?
──こんな感情も、寝てしまえば収まるから、目をつぶってじっと耐える。
なんでこんなことになったんだろう?
隣は見れないまま、しばらく寝たふりをする。
きっと風船さんも同じような気持ちだったに違いない。
気付けば眠りに落ちていて、朝が来れば、僕は彼女の不思議を知ることになるのだ。
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