第三部 忘れられた王国の追憶

プロローグ

 「鳴らない鐘」の事件から一年。幻影都市アストラルムは、真の再生への道を、ゆっくりと、しかし着実に歩んでいた。

 「都市真理探求室」と「幻影の塔」による共同浄化作業は順調に進み、街を彩る幻影はかつてないほど安定し、その輝きを増している。

 人々は、ヴァンスの事件や眠り病がもたらした不安の影を忘れ、穏やかな日常を取り戻していた。


 だが、その調和の裏で、まだ誰もその本当の意味に気づいていない異変が、静かに進行していた。

 都市の最も古い区画、創設期の錬金術師たちが住んでいたとされる場所を中心に、浄化されたはずの幻影が、再び僅かに淀み始めるという現象が、ごく稀に報告されるようになったのだ。

 それは、洗い清めたはずの純白の布に、いつの間にか古く黒い染みが再び浮き出てくるような、不気味な現象だった。

 その染みは、あまりに微かで、日常の喧騒の中ではほとんど気づかれることはない。

 しかし、都市の幻影の息吹を誰よりも深く感じ取ることができるアゼル・クレメンスだけは、その染みが放つ、冷たい違和感に気づき始めていた。

 それは、都市が自らの力では治癒できない、より深い場所に巣食う、古傷の痛みだった。

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