エピローグ

 塔の番人との対話を終え、二人が地上に戻った時、街は夜明けを迎えようとしていた。

 東の空が、ゆっくりと白み始めている。

「アゼル!リリア!」

 扉の外で待機していたガイウスが、二人の無事な姿を認め、安堵の声を上げた。


 その日の朝、奇跡は起きた。

 都市の各地で、眠り病に陥っていた人々が、一人、また一人と、長い眠りから目を覚まし始めたのだ。

 彼らは皆、口を揃えて言ったという。

「とても、温かくて、優しい鐘の音を聞いた」と。

 アストラルムを覆っていた、静かな恐怖は去った。

 人々は、日常を取り戻し、街には再び、活気のある喧騒が戻ってきた。


 数日後、都市真理探求室。

 アゼルとリリアは、幻影の塔の結晶体コアから送られてくる、膨大なデータを分析していた。

 塔の番人は、敵ではなく、彼らの最も信頼できる協力者となったのだ。

「先輩、塔からの報告です。第一段階の共同浄化作業、成功したみたいです!」

 リリアが、嬉しそうに報告する。

「ああ。だが、道はまだ遠い」

 アゼルは、窓の外にそびえ立つ幻影の塔を見上げた。

 その塔は、もはや謎と恐怖の象徴ではない。

 彼らが、この都市と共に、未来を築いていくための、巨大な希望の道標に見えた。

「大丈夫ですよ、室長」

 リリアは、アゼルを見上げて、悪戯っぽく笑った。

「道は遠いかもしれません。でも、もう私たちだけの戦いじゃありませんから」

 彼女の視線が、夕日に照らされて穏やかな光を返す幻影の塔へと向けられる。塔はもはや、謎と恐怖の象徴ではない。彼らが手を取り合った、新たな仲間だった。

 アゼルは、その言葉に、静かに頷いた。

「ああ。君の言う通りだ。論理だけでは、あの優しい鐘の音は聞こえない」

 彼はかつて、論理こそが真実を解き明かす唯一の言語だと信じていた。だが、今は違う。アゼルは、もっと深く、温かい共感を覚えていた。論理の怪物であった塔に「心」を教えたのは、リリアの、そして人々の、不合理で、しかし揺るぎない想いだったのだから。

 アゼルは、隣で誇らしげに胸を張る副室長を見て、自然と口元が綻ぶのを感じた。


 鳴らない鐘は沈黙し、今はもう、アストラルムを脅かすことはない。

 だが、その代わりに、二人の錬金術師と、都市の古き中心核コアだけが聴くことのできる、新たな始まりの産声が、今、響き始めていた。

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