第3話 旅立ち

「お兄ちゃん、王都へ旅立つって、マジで言ってるの?」


 自宅に帰るなりアルダヴァーンが口にした衝撃的な宣言に、驚きの声が上がる。


「あぁそうだ。もちろん王都で稼いだ金はお前たちにも還元する。心配するな」


 アルダヴァーンの言葉に、妹のアルハスラは呆れたようにため息をついた


「そんな心配してるんじゃないの! この村の生活は、豊穣神ダミアー様や【牧畜の神】パン様の加護があってこそなんだよ?」


「地母神ガイア様を頼れば農耕の加護の方は何とかなる。それと、パン様のご機嫌取りならお前でもできるはずだ」


「そ、そりゃあそうだけど……どれくらい帰ってこないの?」

「未定だ。まとまった金が稼げたら、帰ってくる」

「えぇ、じゃあうまくいかなかったら、一生帰ってこないの? そんなの……」

 アルハスラは泣きそうな顔をする。15歳の妹に家業を押し付けるのは無茶が過ぎたか? だがルーラオムでは15歳を過ぎたら成人。立派な大人だ。信頼していいだろう。

「親父とお袋が死んで以来、お前には苦労をかけてきたな。だがもう少し待ってくれ。俺がお前に豪奢な生活をさせてや……」


「私は今の生活がいいの!」


 アルハスラは叫んでいた。


「私たち神働術師は神様たちとお話して、皆が恩恵を受けられるようにする。その代わり、食糧や日用品を皆から分けてもらう。それでいいじゃん! 何が不満なの?」


 アルハスラは必死に説得しようとしている。


「不満はない。だが俺は、もっと高みを目指したいんだ。このままじゃ、退屈で死んでしまう」


「高み? そんなもの目指してどうするの? それと何? 退屈? 今の平和な生活をありがたいと思えないの? 平和が一番じゃん! ルーラオムの外に出るだけでも危険なのに、高みなんて目指したらもっと危ない目に遭うかもしれないんだよ? 私は、私は……」


 アルハスラは泣き出した。


「たった一人の家族を失いたくないの!」


「俺は死なない!」


 アルダヴァーンはきっぱりと言っておく。


「俺は死なない。必ず億万長者になるという夢を叶えて、この村に戻ってくる。約束しよう。なぁに、神様を四柱も連れて行くから大丈夫だ。安心してくれ」


 沈黙が続く。アルハスラは気持ちを整理しているようだ。


「そこまで言うなら……」


 ようやくアルハスラは納得してくれたようだ。


「ありがとう。これから寂しい思いをさせるだろうから、先に謝っておく。ごめんな。」

「べ、別にお兄ちゃんがいなくなったって寂しくなんかないし。ただ、死んじゃわないか心配してただけ。もしそうなったら、貴重な神働術師が一人失われてしまうんだからね」

 アルハスラは照れ隠しにもなっていない照れ隠しをする。


「じゃあ、長い別れになりそうだし、今晩は一緒に寝るか?」


「は? 死ね変態」


 容赦ない罵声を浴びせられたが、こんなやりとりも最後になると思うと、感慨深いものがあった。


               ◇


 翌朝。鶏が鳴き、アルダヴァーンは目を覚ます。


 アルハスラはもう起きていて、朝食の支度を済ませたところだった。


 これがルーラオムでの最後の食事か。


 オムレツとベーコンをよく味わって食べる。アルハスラは終始無言だった。


 やがて旅支度も終わり、村の人々への挨拶を済ませると、アルダヴァーンは村の入り口に立った。村は龍神シャルパンの張るバリアによって守られている。


「シャルパン、いつも村を守ってくれてありがとな。しばらく俺は留守にするけど、妹と村の人達のこと、頼むな」


 シャルパンは、その長く太い首を持ち上げ、アルダヴァーンを一瞥したが、何も言わなかった。相変わらず寡黙な奴だ。


「お兄ちゃん」


 踏み出そうとしたアルダヴァーンに、アルハスラが声をかける。


「その、頑張ってね」


「あぁ、もちろんだ」


 短く言葉を交わすと、アルダヴァーンは振り向かずに村を出ていった。

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