第4話 議題:青春の定義について
春の日差しがだんだんと攻撃性を増していき、5月というのはそういえば、暦の上では夏だったのだと思ったりなどし始める頃、我々青春研究部は今日も今日とて部活動に勤しんで…
「ヤバいよサク!部活動らしいこと何っにもやってない!」
いるはずもなかった。そりゃそうだ。青春研究部の活動なんて集まって談笑することくらいしかないのだから。
「九音サンも遠藤クンも来ないし、これじゃ部活作った意味ないよ!」
「えー?してるじゃん部活ー。エヴァちゃんでファッション研究、もとい青春研究、してるでしょ?」
「私が色んな服着てるだけじゃ青春は研究出来ないよ!」
そして談笑する以外唯一の活動内容が、常磐さんによるエヴァの着せ替えファッションショーである。北高のファッションリーダーを自称する彼女は、私物の服やアクセサリーを持参したり、時に自作したりしては、エヴァと共に部屋の隅に設けられた仕切りカーテンの中に行き、着飾ったエヴァと共に登場するのだ。その度に俺に意見を求めるのだが、とりあえず可愛い、とか似合ってる、としか言わないので、最近は意見を求めて来なくなった。実際、すごく奇抜だとか、毎回パリコレみたいな服装ならいうこともあるのだが、ファッションリーダーを自称する割には、毎度コーディネートが無難なのだ。
「しょうがないだろ、青春を研究するって、何をするのかわからないし。」
「サクはもっと案をだしてよー!副部長なんだよ?」
「部長のエヴァだって何も出してないだろ?」
「出したよ!ほら、人間観察!」
「だからそれ何もやってない様なもんじゃないか?」
エヴァは人間観察とか言う、ちょっと痛いやつの趣味みたいなのを活動内容として推してきたが、要はそれって窓からグラウンドの野球部を眺めたり、廊下で練習する吹奏楽部を見学したりするだけで、それが青春っぽい活動になるとは思えない。
「もう、出したものは出したでしょ?サクもなんか一つくらい出してよ!」
「えぇー?うーん…誰が一番早く家に帰れるか選手権とか。」
「おー、それうち超有利だ。」
「だめ!それ帰宅部みたいなもんじゃん!」
「実際帰宅部みたいなもんだろ。」
違うよ!と叫びながらエヴァが腕をつかんで揺らしてくる。青春研究部は、ここ1週間ほどずっとこんな感じだ。エヴァが活動内容を改めようと言い、常磐さんは素知らぬ顔でエヴァを着せ替え、俺はそれを聞き流しながら眠気と格闘する。遠藤は休憩時間はすぐ俺のとこに来るくせに、部活にはたまにしか顔を出さないし、錦さんはというと、最初に部を結成した時に結成式をやって以来、そもそも会ってすらいない。発足してまだひと月なのに、現状2人が幽霊部員の壊滅状態なのである。
「サクは青春がこんなんでいいの!?」
「うーん、まあでも嫌いじゃないよ?それなりに楽しんでるぜ?この雰囲気。」
実際居心地は良い。被服室は扇風機もあるし、西日も入らず過ごしやすい。グラウンドから聞こえる運動部の喧騒と、廊下から聞こえる吹奏楽部の演奏をBGMに、様々な服に着替えて出てくるエヴァを眺めているのは、すごくゆったりしていて、日々の忙しなさを忘れさせてくれるのだ。
「ただ遊んでるだけじゃダメだよ!もっとこう、青春を感じるような何かを…こう!」
「何も出てないぞー、エヴァ。」
時計は17時30分を回っている。完全下校は19時だが、俺達はいつも18時30分には下校している。あと1時間で部活動終了だ。エヴァをたしなめるためにも自販機で缶ジュースでも買ってこようかと思っていたその時。
「あぁ、ここだったのね。」
がしゃん、と強めの音を立てて扉が開くと、幽霊部員2号がひと月ぶりの復帰を果たしていた。
「九音サン!」
エヴァは嬉しそうな声を上げて錦さんのもとに駆け寄る。
「天崎、ここ、わかりにくいわよ。何回か参加しようと思ったけど、全然見つからないんだもの。4回よ?4回探したのに分からなかったなんて、場所が悪いと思うわ。」
「えぇ!?そうかなぁ?そんなに難しくないと思うけど…でも、来てくれてありがとう!九音サン、もう来ないのかと思ってたよー!」
「いや来るわよ。部員なんだもの。」
ひと月で参加しようと思った回数が4回というのも全然問題だと思うが。錦さんのことはよくわからない。知り合ったのが青春研究部発足の時だし、それ以来部活動には参加していなかったし。錦さんは性格も言動もかなり変わっているし…正直言って少しばかり苦手だ。
「あ、九音ちゃんやっほー。来たんだね。」
「常磐、それ、全部天崎に着せたの?」
「うん、そうだよー。九音ちゃんもよかったら着る?」
「着ないわよ。」
錦さんが冷たく常磐さんをあしらうと、普段は殆ど開くことのない扉がまたも開いた。
「おーっす、あれ、珍しく錦さん来てんじゃん」
何食わぬ顔で遠藤が入ってくる。お前も十分珍しいだろう。
「あ、遠藤クン!わ、これで全員揃ったね!」
「発足日ぶりにな」
「よーし、じゃあ改めて…」
エヴァは幽霊部員2人を椅子に座るよう促すと、黒板に文字を書き始めた。
「青春研"求"部定例会議!議題:青春の定義について!みんなまずは会議しよ!青春研究部の活動を今日からちゃんとやっていこ!その上でまず、青春を研究するために、青春を定義付けないと!」
突然もっともらしいことを言い出した。いや、らしいと言うだけで、こんな会議なんてこのあと談笑パートに入るのがオチなのだが。しかし青春研究部に相応しすぎる活動内容だ。同様に、これ以上はもう出なさそうとも言う。
「エヴァ、究の字…」
「はいそこ、今日の私は議長です。私のことはエヴァじゃなくて、議長と呼んでください。」
「あー、議長、究の字が間違っています。」
「え!?あ!…はい、ありがとうございます。サク議員。」
エヴァは見た目と名前以外はもう完全に日本人で、外国人要素なんかほぼ皆無に近いのだが、この漢字間違いは数少ない外国人要素の一つだ。黒板に書かれた文字もお世辞にも綺麗とは言えないところを見るに、どうも字を書くのは苦手らしい。
「(咳払い)、じゃあまずサク、青春の定義について何かある?」
「ええー、いや分かんねえよ……中高生時代、とか?」
「サク、甘いよ!中年時代を第二の青春とも言うでしょ?」
「いや、まぁ…難しくないか?これ?」
確かに、青春、と言っても、これを時期を表すものと見るか、状態を表すものと見るかで答えは変わってくるだろう。一般に青少年時代を指すとは思うが、じゃあ具体的にいつ始まっていつ終わるのか。例えば、勉強漬けの中学時代を過ごし、反動で高校時代にはっちゃけてるやつの青春は高校1年生からが青春って感じがするが、中学から恋に部活にイベント事にと全部やりきってしまったから、高校時代は勉強漬けの奴では、青春は中学時代で終わっているような気もする。それとも、これらすべて含めて青春と言っていいのだろうか。ではいつからが青春なのだろう。小学校時代は青春ではないように思うが。
「じゃあ…次、紗沙チャン!じゃなくて、紗沙議員。」
「はーい、えっと…人生において若く元気な時代…です!」
「今絶対調べて読んだだろ。」
「うんうん、なるほどねー。若くて元気な時代…中年も長い人生から見ればまだ若くて元気ってことなのかな…」
「じゃ、高校時代が青春ってことでいいじゃない。」
「うーん、なんか違うような感じがするんだけど…」
錦さん、こういうの割と真面目に参加してくれるんだな…というか、思ったよりもちゃんと会議っぽくなっている。果たしてこれが青春っぽい活動か、という点に目を瞑れば、初めて部としての活動はできてるんじゃないか?
「まぁ、なんか精神的なもんなんじゃねぇの?青春ってのはさ。いや、まだ青春真っ只中だから間違ってるかも知んねーけど。」
「おー、遠藤クン、いいね!よし…」
エヴァが遠藤の意見を黒板に書き留める。が、やはり少しぎこちない。
「エヴァ、手伝うよ。」
「あ、ありがとう!じゃあ、サクが書記ってことで。」
しかし、精神的なもの、というのももっともらしいが曖昧な回答だ。それってつまり、今が青春だと思い続けていれば、いつまででも青春だってことになる。それか、青春というのは青春でなくなったときに実感できるものなのか。
「じゃあ、九音サンはどう?」
「分かんないわよ。さっき遠藤も言ったけど、今がちょうど青春なんだもの。だからあえて定義するなら、今、とかになるんじゃないの?」
錦さん、本当にちゃんと参加してくれている。逆になぜ今まで顔を出してくれなかったのだろう。部室が分からなかった、と言っていたが、本当に分からなかっただけなのか?発足の時居たはずだよな?
「うーん、皆の意見は出たけど…」
「ほぼ遠藤の意見だよな。精神的なものってやつ。」
「ええー…俺の意見が結論なのかよ…」
まともな意見が幽霊部員たちからしか出ないとは。なんという体たらく。
「けど、実際、青春って、終わった時に分かるものかも知れないよな。俺らが大人になった時に、今思えば青春だったなーって。」
「エヴァは、なんかしたいこととか無いの?青春ってやっぱ定義付けるの難しいよ。青春っぽい、例えば今月末は体育祭だけど、それとかザ・青春って感じじゃない?」
「あ!そっか!体育祭!…でも、体育祭って別に部活動で何かするって無いよね。せっかく作ったんだし、青春研究部で何か青春っぽいこととか出来たらいいんだけど…」
まあ、この部活は、体育会系か文化系かで言うと文化系に入るだろうし、体育祭で何かっていうことは考えづらい。部活動対抗リレーもウチの学校はやってないし。
「文化祭でなんかやるとか?んでも、文化祭って部活対抗でどうこうってのないんだよな。」
「うう…青春は一度だけなのに…みんなもっと貪欲に生きようよ!そういう部活でしょ!?」
そういう部活だったのか、青春研究部。しかし、エヴァの言うことももっともだ。多分、俺達は、青春をもっと謳歌したほうがいい。しかし、当事者というのはどうも、そこら辺の感覚が鈍い。そんなこんなで会議は踊り、されど進まず時が立つ。結局結論は出ないまま、下校のチャイムが鳴り響いた。
「じゃ、私帰る。場所は分かったし、また気が向いたら来るから。」
錦さんはとにかくマイペースに、下校5分前のチャイムと同時にさっさと部屋を出ていってしまう。続いて遠藤、常磐さんも、意外とあっさりと帰ってしまった。
「結局、何にも決まらなかったな。」
「うん、せっかくみんな揃ったんだけどね。」
「あーあ、サクがもうちょっといいこと言ってくれてればなー?」
「いや、そこは言い出しっぺのエヴァが出してくれよ。」
ふふっ、と笑って黒板の文字を消す。何も進まなかったし、何も決まらなかったけれど、エヴァはなんだか楽しそうだ。多分、別に会議なんてどうでもよくて、みんなで放課後部室に集まって、活動っぽいことがしたかっただけなのだろう。
「帰ろ、サク!」
あの感じからすると、錦さんも遠藤もこのくらいのペースでしか参加しなそうだし、またこれまでのように、エヴァのミニファッションショーが繰り広げるだけなのだろう。つまり、青春研究部、最大の活動になるかもしれない日が、今日、終わったのだった。
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