第3話 青春研究部
学校生活において、部活動の占める割合は非常に大きい。するもしないも自由だとされていながらも、基本的に学生は部活動をするものだと相場が決まっている。しかし、俺はその風潮は如何なものかと思う。学生の本分は勉学では無いのか。朝練で疲れて授業中は机に突っ伏して、親ったらまた練習するのでは、もう部活動をしに学校へ行っているようなものではないか。しかも部活動は土日祝日もあると来た。だから基本的に部活動生に休みというものはない。そしてそれは顧問の先生も同じことだ。何というブラックな職場。何のための休日かって、体を休めるためのはずなのに。だから俺は部活動には入らない。中学生の時に、遠藤に付き合って一度だけサッカー部に入ったが、遠藤共々1ヶ月で辞めてしまった。それ以来俺は帰宅部で通している。というかこれが学生のあるべき姿だろう。
「ねぇ、部活入ろうよ!ねぇ!」
しかし、エヴァはどうもそう思わないらしい。俺が部活に入りたがっていないことは知っているし、実際今俺はかなり嫌そうな顔をしていると思うのだが、多分この感じ、俺が折れるまで終わらないやつだ。
「楽しいよ!部活!やらないなんてもったいないって!」
少し怒ったような表情でなんとか俺に部活動をさせようとしてくる。その度に俺は、
「だから、エヴァだけやればいいだろ?やだよ俺高3から部活入んの。」
と言うのだが。
「だから!サクと一緒にやりたいんだってば!それが青春なの!学年なんて関係ないよ!」
そう、エヴァはとにかくアニメのような青春が送りたくて仕方がない。その為に、恋人と一緒の部活に入りたいらしい。アニメのカップルが同じ部活に入ってることはそこまで多くないと思うのだが。
「愛瀬〜、可愛い彼女の頼みなんだぜ?入ってやれって〜。」
そしてコイツは今日も俺に絡みに来る。こんな陽の雰囲気をプンプンさせといて、実はクラスメイトに友達いないのか?
「お前も同じ穴のムジナだろ。同じ状況だとしてお前絶対面倒くさがって部活入んねぇよ。」
「そりゃそうよ。だって面倒くせぇもん。いや、まあ正直なこと言うと面白そうな部活なら入ってもいいんだけどな。現状それがねぇっつうかさ。」
「もー、なんでそんなに嫌なの!?サクに嫌いなところなんて無いけど、部活入んないんだったらちょっと嫌いになるよ?」
「いーよ別に。ちょっと嫌いぐらいなら大丈夫そうだからな。」
「おお、なんだ急にイチャつくじゃねぇかびっくりした。」
しかし、困った。付き合いだしてから分かったが、と言うか以前からその気はあったのだが、エヴァは相当頑固だ。とにかく自分の思い通りにならないと気が済まない。食べたいものは食べる、やりたい事はやる。それが今回は部活動で、俺も入らなければならない。しかもどうやらエヴァは何か特定の部活に入りたいわけではなく、何でもいいから俺と一緒の部活に入りたいのだと思われる。最初のほうこそ適当に帰宅部も立派な部活だなんて言って誤魔化していたが、もうその手は通用しそうにない。それに、別にエヴァに嫌われたくはない。…と、言うわけで。
「はぁ…じゃあ、新しい部活を俺等で作るってのはどう?」
そう、これが奥の手。賢い俺はちゃんと手を用意しているのであった。正直部活新設なんてかなり面倒くさそうだし、そもそも申請が通るのかも分からないが、既存の部活に今から入るよりはよっぽどいいだろう。多分殆ど帰宅部と変わらない、名前だけの同好会にしかならないだろうし。
「え!うわ!そうだ!そうだよ!作ろう!やっぱりサク大好きー!青春と言えば部員集めじゃん!」
エヴァの顔がみるみる明るくなっていく。かなり嬉しかったようで、興奮気味に肩を揺すってくる。ふぅ、これで一件落着。おっとついでに。
「遠藤、お前も一緒にやるよな?」
「…ぇ?」
珍しく遠藤が動揺している。どうやらこの展開は予想していなかったらしい。この一ヶ月からかい続けてきたことへのお返しだ。
「いやぁ、俺がいると邪魔だろうしなぁ!2人きりで仲良くやればいいんじゃねぇかなぁ?」
「遠藤クン、入ってくれるよね?」
「えー、いやぁ…エヴァさん入って欲しいのぉ…?俺家の用事とかあったり無かったりすんだけどなぁ…?」
「諦めろ、遠藤。エヴァが入って欲しいって言ってんだ。入れ。」
「クッソ。まじかよぉ…」
いつもの余裕はどこへやら。遠藤はため息をつきながら空を仰ぐ。遠藤のこんな悔しそうな顔は久しぶりに見た。いい気味だ。
「で、なんの部活作る?俺そこまでは考えてないんだよな。」
「うーん、どうしよっかなぁ?私もサクと部活したかっただけだからなぁ。」
エヴァと目を合わせてから、お互い図ったように右で項垂れている人物の方を向く。
「…え、俺?いや、何でやりたくねぇって言ってるやつに決めさすんだよ、つーか入るなんて言ってねぇぞ!」
どうせ暇してるんだからいいだろう。とはいえ、部活の内容を決めろってのは流石に酷か。
すると、右の方で遠巻きに俺等、と言うかエヴァを見ていたらしい人影がこちらの方に歩いてきた。
「う〜わぁー!ほんっっっとにキレー!可愛いなぁー!」
女の子はエヴァの肩を掴んで鼻先が触れるのではないかと言うほどに顔を近づける。エヴァは驚いて肩をすくめて伸び上がった。
「あ、えーっと、ありがとう…?」
「噂以上だなぁ!と言うかちょっと美少女過ぎない?もう羨ましくもないよー。あ、ごめん、今の言葉悪いな。いやーホントに可愛いねぇー!」
凄い勢いでエヴァを独り占めしてしまった。エヴァの友達、というわけでもなさそうだが。確か、遠藤と同じクラスの常磐さん…であってるだろうか。
「えーっと…サク…?」
「あー!ごめんね!いきなりビックリしたよね!?ごめん!ホントごめん!天崎さんがあまりにも可愛くて!」
「あー、常磐…さん、で合ってるよね?」
「うんうん、そうだよー。愛瀬くんだよね?ごめんねー、邪魔したよね?」
「まぁ、ビックリはしたかな。いきなり入ってきたから。」
「ホントごめんねー?いや、実はさ、うちどうしても天崎さんと仲良くなりたくって。思わず入ってきちゃったんだよねー。ここだ!と思って。どうやらここじゃなかったみたいだけど。」
「いや、そりゃ別にいいんだけど。エヴァとどうしても仲良くなりたいって言うのは…や、これはエヴァが聞くべきか。」
「そうそう、って、愛瀬くん天崎さんのことエヴァって呼ぶんだね?そんなに仲良しだったんだ?」
それまで黙って聞いていた遠藤が、ここにきてようやく口を開いた。
「常磐さん、知らないのかよ。同学年のやつは大抵知ってると思うぞ。」
「え?そうなの?…あ!あー!なるほど!うわ、ごめんね?お邪魔だったよね!?わー、ごめーん!…て、いや、じゃあ遠藤くんは何でここに?」
それにしても騒がしい人だ。別に悪い騒がしさではないが。
「あ!とりあえず、天崎さん…エヴァちゃんって呼んでいい?うち、エヴァちゃんにファッションモデルをやって欲しいの!ファッションモデルって言っても、うちの個人的なモデルだけどね?」
「エヴァちゃんって、まだ部活動入ってないよね?そこでなんだけど、うちの部活に入ってくれないかなーって!被服室でやってるんだけど、ファッション研究部って言う部活でね?今はうち一人しかいないんだけど、エヴァちゃんが入ってくれたら2人になって…あ、サクくんも一緒にどう?部活入ってなかったよね?」
「ちょっとまて、落ち着け常磐さん、いや、平常運転なんだろうがもうちょっとゆっくり話してやれよ。」
遠藤が常磐さんをどうどうとたしなめる。驚いたろうなとエヴァの方を見ると、エヴァは口に手を当てて何か考えている。
「あの、常磐さん。」
「あ、エヴァちゃん、うちのことは
「えっと、じゃあ紗沙チャン、さっき、部活動のメンバーを募集してるって言ったよね?」
「そう!入ってくれる!?」
「ううん、そうじゃなくて…」
エヴァは俺の方を見て目を大きくする。これは何か察してほしい時にする表情だ。うん、なるほど、部活動。確かに今俺達は部活動の話をしていた。これはつまり。
「あー、常磐さん、実は今俺達部活動の話してたんよね。エヴァが部活動入りたいらしくって…」
「え!?ホントに!?わぁ、運命だね?じゃあみんな…遠藤くんも含めて3人ファッション研究部に入るってことでいい?いいよね?」
「待って!紗沙チャン、それなんだけど、私今、最高の部活を考えたの。悪いんだけど、紗沙チャンには今の部活辞めてこっちに入ってほしいんだけど…」
「ええ!?エヴァちゃん、思ってたより大胆だね?」
「ねぇ、サク。私、部活の名前、青春研究部にしようと思うの。」
青春研究部。予想よりも何をするのかわからない部活名だ。いや、まともな名前になるとは元より思っていなかったが。
「青春研究部って…」
「私ね、サク、青春を謳歌したいって漠然と思ってたんだけど、具体的には何がしたいのか特に思い浮かばなかったんだよ。だからね、私たちは青春を謳歌するために、青春を研究すればいいんじゃないかって。」
それで青春研究部。俺としては別に、どうせまともな活動はしない以上何部でもいいんだが、遠藤と常磐さんはどう思うのだろう?いや、遠藤は強制だからいいとして、常磐さんは入ると決まったわけじゃないのだが。
「青春研究部…それって、何やってもいいってことだよね?」
「うん、青春を謳歌するためのことなら!」
「よし!じゃあ入る!かがりん、サクくん、これから宜しくね!」
「いや待て待て待て!そんな部活通るわけねぇだろ!ファッションなんたら部もどうすんだよ?…ってか、かがりんって呼んだか?俺のこと?」
遠藤のやつ、今日は何かと振り回されていつもの余裕が無いな。いい気味だ。しかし、言ってることは至極真っ当だ。そもそも問題は部として申請が通るかどうかだ。まあ申請が通らなくてもどうせ帰宅部なんだし、部活モドキを放課後にでもやればいいとは思っているが。
「あ、それは多分大丈夫だよ。ファッション研究部も通るくらいだから。そもそもファッション研究部はうちが作った部活だしねー。」
「まじかよ。そんな緩かったのか、この学校。確かに校則とか緩いけどよ。申請すれば通るって…」
「よし!サク!紗沙チャンも、遠藤クンも!」
エヴァが俺の手を握ってくる。今から申請に行くのだろう。と思っていたが。
「部員!集めるよ、あと1人!」
「え、足りないの?」
「サク、アニメの部活の部員は大体5人以上なんだよ!」
それはモノによるだろう。とは思ったが、エヴァが楽しそうなので言わないでおいたのに。
「いや、エヴァさん、それはモノによるだろ!」
遠藤のやつ、空気を読んでほしい。そんなんだからいつもすぐ彼女と別れるんだぞ。
そういうわけで部員探しの度に出た青春研究部(仮)一行だったが、そもそもどんな奴を部員に引き入れるのか。野球部であれば野球経験者、茶道部であれば茶道経験者、若しくは興味のあるやつを当たるのものだと思うが、我々は青春研究部なわけで、つまり青春研究経験者か、青春研究に興味のあるやつを探さなければならない。そして、多分そんなやつはいない。
「エヴァ、どんな奴入れんの?」
「うん?決めてないよ。とりあえずいてもたってもいられなくて。」
うん、そりゃそうだよな。俺の知る限りエヴァが気軽に部活に誘えるくらいの友達はもう全員青春研究部員になってるわけだし。
「あー、じゃあさ、うち一個当てがあるんだけど、そこ行ってみる?」
「え、常磐さん、ありがとう!行ってみよう!」
常磐さんは少し変わった人ではあるが、コミュニケーション能力が高いし、きっと友達も多いのだろう。俺の友人なんて遠藤とエヴァとあと一人くらいのもんだし、どうやら遠藤もこう見えて友人が少ない。激狭コミュニティの中に差した一筋の光とはまさにこのこと。まさか青春研究部員の当てがあるなんて。
「いや、アイツは…どうなんだ?」
「な、何?あの娘はダメなの?」
錦九音。常磐さんの当てがまさか彼女だったとは。人形のようと称するにふさわしい容貌。艷やかな黒髪ロングは美少女と呼ぶにふさわしいのだが。
「おい、こっちに気づいたぞ。」
「ねぇ、何見てんの?ってか誰?知り合いでもないのにジロジロ見て、失礼だとは思わないの?用があるならさっさと言って。あたしこう見えて忙しいんだけど。」
それを補って余りある、と言うといい意味に捉えられかねないが、とにかく性格がキツいというので、錦九音には手を出すな、というのが北高男子間の共通認識となっていた。
「いやぁ…そのぉ…常磐さん!」
「やっほー!九音ちゃん!うちら新しい部活を作ったんだけど、一緒に…」
「はあ、またアンタ?何度も言ってるけど、あたしはあんたの着せ替え人形じゃないの。あんたの変な部活には入らないし、あんたと仲良くする気もない。分かったらもう行って。他の人達も同じ目的なら帰って。」
これは…想像以上にとりつく島もない。錦九音については噂程度にしか知らなかったが、まさに噂に違わぬといった感じだ。…いや、しかし会話の感じからすると常磐さんにも問題がありそうだな?
「あ、うん。その件はもう大丈夫。ファッションモデルはエヴァちゃんにやってもらうことにしたから。今までしつこくお願いしてゴメンね。今日はサクくんたちが作った新しい部活に誘いに来たんだけど…」
「は?何?もう大丈夫って…もうモデルはやらなくていいってこと?」
「うん!ほら、エヴァちゃん。可愛いでしょー?これからはエヴァちゃんにモデルやってもらうことにしたから、もう九音ちゃんは大丈夫だよ。それより…」
「何それ。…ねぇ、あんた、エヴァ?って、外国人かなんか?」
「あ、うん。私天崎エヴァです。宜しく、えっと…九音サン?」
「ふぅん…ねぇ、あたしもその部活入れて。」
「…え?いいの?てっきり断られるかと思ったのに…」
「入る。あたし部活入って無いし。誘いに来たんでしょ?」
「そうだけど…いや、うん!やったね、エヴァちゃん!」
遠藤が不思議そうな顔で俺の方を見ている。そんな顔をされたところで、俺も何が何だかさっぱりわからん。殆ど会話に参加させてもらえなかったし、全くそんな雰囲気じゃなかったのに入部を快諾しているし。しかしとにかく入部するということでいいのであれば、一件落着ではあるか。
「いや待て待て、錦さん、何部かとか聞いてないだろ!そんでもって今断る流れじゃなかったか?」
「何部でもいい。入るったら入る。入って欲しいんじゃないの?」
「いや…そうだけど…」
「じゃ、あたしもう席戻るから。また放課後…どこ行けばいいの?」
「あー、えっと、被服室…でいいのかな?」
「はいはい。じゃあ被服室でね。」
そう言うと彼女はとっとと席に戻って机に突っ伏してすやすやと寝てしまった。
「まあ…とにかく一件落着、でいいのか?入るんだよな?アイツ。」
「うん!入ってくれるみたい!九音サン。これで5人揃ったね…!」
何をするのか聞かないまま入るような娘が5人目なんてどうかと思うのだが、エヴァは嬉しそうにしている。というかエヴァは多分、俺以外の奴は基本的に誰でもいいと思ってるのでは、というのは自意識過剰だろうか。まあしかしこれで俺も部活動生になるわけだ。これからは大手を振って、「青春研究部」を名乗っていこう。…いや、やっぱ名乗るのはやめとこう。
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